電子出版のデスクトップ29

木を見せて森を見せず


 電子の本の便利さのひとつにリンク機能がある。もちろん紙の本にもリンクはある。「××ページ参照」と書いたり、参考文献や索引などはすべて紙の本のリンク機能である。しかし電子媒体におけるリンクはとてつもなく便利で強力だ。クリックひとつで瞬時に該当箇所に飛んで行ける。Webなどでは一つのコンテンツの境界を超えて世界中のコンテンツとも連携が図れるのである。
 簡単にどこでも瞬時にリンクできることは、本の内容構成に質的な変化をもたらしている。1ページ目から順に内容を記述していくという手法さえリンクの前には不要かも知れない。フローチャートのように複雑な構造をリンクで作り上げることも可能である。
 そこでリンクと検索で幾らでも情報が自由自在に手に入るのだから、今までのような直線的な情報の整理は不要だという考え方も出てくる。しかしそれは少し行き過ぎだろう。リンクや検索機能は「情報の探索」には役立つが、情報を分かりやすく伝えるとか情報を理解するということとは別の次元の話なのだ。
 たとえば現在もっとも普及した電子出版物である「ヘルプ」を考えてみよう。電子化されたマニュアルの便利さは言うまでもないが、にも係わらずヘルプはあまり評判が良くない。説明自体が難解だといった基本的な問題もあるが、もっと肝心な部分に問題があるのではないかと思っている。
 ヘルプではリンクや検索などピンポイントで項目に辿り着く機能は充実している。ピンポイントへのアクセスは便利なのだが全体像を把握するのは大抵の場合、非常に困難である。
 あたかも目の前に目隠しされた大きな箱があるようなものである。調べる度に箱の中から該当するカードが取り出される。こいつは便利だ。でも何時までたっても箱の中身の全体像は見ることが出来ない。これがヘルプを使っている時に感じるイラつきの原因ではないだろうか。
 たとえば項目を順に読んで行くという機能がほとんどの場合使われていない。目次が整備されていてもこの機能がないと次の項目に移動するには一旦目次に戻らないといけない。たいへんな手間である。要は通読したり一通り目を通したりという配慮に欠けているのである。
 ヘルプの制作者は必要な個所が見れれば用は足りるはずだ思っているのだろうが、1本1本の木をぱらぱらと何度見せられても、森の全体は見えて来ないのである。全体が見えないと迷子の状態から抜け出すことは不可能だ。「木を見せて森を見せず」なのである。
 「リンクを利用すれば新しい文書の書き方が可能である、関連する事柄が有機的に結合することによる立体的な構造を持つ文書が出来る」という主張は理解できるしその可能性も追求すべきかと思う。でも一方に旧来の情報整理の方法、直線的な構造の大切さも踏まえていなければならないだろう。
 たしかに世の中の構造は一本道ではない。複雑に組み合わさったリンク構造に近い。しかし、その複雑さを忠実にシミュレーションしたからといって理解が増すというものではない。
 「解説する」、「説明する」、「説得する」、「論理だてる」、「理解させる」という目的のためには、複雑な構造を分かりやすく単純化し、枝葉を整理し、一定の切り口で道筋を示すことが必要だ。
 Webで趣味の領域をあさっている場合などリンクの迷宮をさ迷うのは楽しいことだ。でもさ迷う余裕がない場合も多いのだ。そんな場面では全体を整理する適切な道案内が必要なのである。
『情報管理』Vol.44 No.7 Oct. 2001 より転載

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