データは誰のものか

2024.10.01

日本マイクロソフト  田丸 健三郎

 数年前よりAIをとりまく様々な制度上の検討が各国で進められている。特に欧州のAI Act. は大手新聞の一面で度々取り上げられるなど注視されている。AIを取り巻く様々な議論の1つに学習に用いるデータ、AIにより生成されるデータなど知的財産に関係する内容がある。これらデータを取り巻く課題については関心を集めると同時に、多くの有識者が取り上げ、彼らが発信する情報は非常に多く、また彼らが発信する情報の参照元から理解を深めることは昨今それほど難しくないだろう。

 一方で、AIを用いて実装されたシステムに対して使用するデータの権利については、それほど関心が持たれていない。個人情報については、欧州のデータ保護規則であるGDPR(General Data Protection Regulation)がインターネット上のサービスのアーキテクチャ、機能のあり方に大きな影響を与えている。このGDPRのデータ版ともいえる制度が欧州データ法(Data Act.)である。
 GDPRが多くのサービス実装に影響を与えたように、このデータ法も大きな影響があると考えられるのだが、メディア含めあまり関心が無いようである。

 昨今、個人が使用する様々なシステムやデバイスがインターネットと繋がり、メーカーは収集したデータを基に新たなサービスを開発、利用者に付加価値を提供する循環を通して、顧客の評価向上、ロックインを行っている。
 例えば、自動車に搭載されているデバイスはインターネットと繋がり、ユーザーはスマホアプリを通して自動車のステータスを把握できるだけでなく、メンテナンス時期、ナビゲーションシステムの行先設定など様々な操作を搭乗することなく行えるようになっている。身近なところでは高度にデジタル化された体重計もインターネットに繋がり、スマホアプリ上で体重の変化を可視化するだけでなく、食事量、エクササイズなど様々なアドバイス機能まで提供している。

 メーカーが付加価値を提供する上で欠かせないものが、自動車や体重計などのデバイスをユーザーが利用することで得られるユーザーのデータである。自動車や体重計に搭載されているAIを開発する上で用いた学習データでもなければ、AI自身が生成したデータでもない。ユーザーがデバイスを利用することで生成、蓄積されるデータは誰のものなのか。これに対応したものが欧州データ法である。

 欧州データ法は、ユーザーがデバイスを利用することで生成されるデータの権利について定めているのではなく、生成、蓄積されるデータへのアクセスについて定めている。先ほどの自動車や体重計の場合、ユーザーはメーカーが提供するスマホアプリというサービスへのアクセスはできるが、多くの場合元となるデータへのアクセス手段は提供されていない。欧州の自動車メーカーによっては、サービスの利用そのものが有償であったりもする。欧州データ法は、ユーザーがデバイス等を利用することにより生成されるデータへのアクセス手段を無償で提供することを義務付けている。

 体重計の例では、スマホアプリの利用だけでなく、スマホアプリが使用している体重計の利用を通じてインターネット上に蓄積されているであろうユーザー自身のデータへのWeb API等によるアクセス手段の提供を義務付けているのである。

 データは誰のものなのか。システム開発で用いられるAIの学習データ、生成データだけでなく、システムが処理するデータソース(生成元)を意識しなくてはならないのである。

 購入したデバイス、システムの利用を通じて取得、蓄積されているであろうデータを「自分のデータ」と考えるユーザーは多いと思う。私も同様に考えるし、今でも「無いものは作る」で、Webアプリケーションやデスクトップアプリケーションを度々作成する者としては、ユーザーのデータをユーザーに開放することは歓迎である。
 他方、今後メーカーは、システム開発においてGDPR同様にユーザーの利用を通して生成され、蓄積するデータへのアクセス手段を当該ユーザーに提供しなくてはならず、大きなサービスデザインの変更、実装の変更が必要になると考えらえる。

 欧州データ法は、猶予期間があるとはいえ、中間製品にも適用される点などグローバルにビジネスをする企業にとっては注視する必要がある。「データは誰のものか」、また一つ考慮しなくてはならないことが増える。