電子書籍のゲームチェンジャー

2023.12.01

イーブックイニシアティブジャパン  照井 哲哉

 ついこの前までの猛暑の日々が嘘のように、冷え込む日々となりました。2023年も残すところわずか。思わず1年を振り返りたくなるタイミング。今年はどんな年だったのでしょう。とりわけ、チャットGTPや生成AIといったワードを頻繁に見聞きし、マスメディアでも毎日のように取り上げられています。

 私が出版業界に就職したころは手書きの原稿がまだ当たり前で、次第にワープロによるフロッピーディスク入稿、そしてDTPへと移り変わりました。この1年どころか大昔まで遡ってしまいましたが、この間の出版界にとっての大きな出来事、いわゆるゲームチェンジャーのような出来事はスマートフォンの登場だと思います。私にしてみれば、初めてiPhoneを手にした瞬間、書籍がこの手のひら大のデバイスで読めることを夢想し、電子書籍への期待を胸に出版社から電子書籍業界に転職したきっかけにもなりました。

 スマホの普及に端を発して電子書籍元年と呼ばれたのが2010年、それから電子書籍市場は着実に右肩上がりの成長曲線を描いています。インプレスの『電子書籍ビジネス調査報告書2023』によれば、2022年の電子書籍市場規模は6,026億円、2011年当時は651億円ですから、この10年あまりの市場拡大は順調そのものです。ただし、市場シェアを眺めると成長が鈍化している分野があります。文字ものの一般書籍です。

 2022年の場合、市場規模に対してのコミックの割合は86%、文字ものは10%であり、市場規模も2011年から3倍を超えるには至っていません。この成長率の緩やかさが私には不思議に思えます。文字もののデータはリフロー形式としてスマホで読めますので、ユーザーが自在に文字の大きさ、画面の中での文字量を瞬時にお好みに設定できます。私のように視力が弱くなってきた年代の読者にもうってつけ、のはずなのです。視認性という点ではスマホに見事に特化した電子書籍の分野です。

 なぜ、文字ものの電子書籍が今ひとつ普及しないのか、理由は定かではありませんが、この分野の読者層が「本は紙で読むもの」という固定観念を持っている層が多いからでしょうか。そうであるなら、スマホで文字もの書籍を読む体験が乏しいのかもしれません。電子書籍コミックの拡販のひとつに「試し読み無料」という施策があります。ある程度のボリュームを読者に無料閲覧してもらい、その作品の魅力に触れてもらって購入していただくという流れです。文字もの書籍もこの施策に倣って、無料版で読者に電子書籍で馴染んでもらうという試みはどうでしょうか。あるいは、一定の割合でライトノベルの読者層が電子書籍を利用していますので、この分野の読者層にもっと他の分野の文字もの書籍の作品を訴求するのは無理がある話でしょうか。

 スマホに特化した電子書籍といえば、「タテヨミ」コミックも話題を集めています。スマホの画面はタテ画面、指を上下にスクロールして使うのが一般的な使い方であることを考えるとタテヨミは合理的です。コミックに馴染みのない方にご説明すると、タテヨミコミックは従来のコミックとの作りが全く違います。縦長のコマを活用して表現するため、文字サイズも大きめで文字数も少なく、フルカラーであり視認性の良さが大きな特徴です。従来のコミックが大小様々なコマを配し独自の流れを追い、ページをめくった瞬間に効果的な場面づくりをするという手法も存在しません。いわば、従来のコミックとは文法そのものが違うわけです。

 考えてみると、従来のコミックのコマの追い方は、コミックに慣れ親しんだ読者には当たり前の形式ですが、初見の読者はどのように読めばよいか戸惑うのが当たり前かもしれません。実際に若いユーザーからはコミックの読み方がわからない、という声も聞きます。そういった若いユーザーに対してもタテヨミコミックの方が、読みやすいことでしょう。タテヨミコミックが、今後どのような成長曲線を描いていくか、期待したいところです。

 電子書籍が市場規模を飛躍的に拡大するには、文字もの書籍とタテヨミコミックの流通がゲームチェンジャーとしての可能性を秘めている、そんなことを考えながら新しい年を迎えたいと思います。