生成AIと駆け出しの頃に描いていた夢

2023.10.31

翔泳社  田岡 孝紀

「ありがとうございます。素晴らしい内容でした!」
「現状、このテーマの話としては、かなり網羅的で隙がなかった」

 9月末に開催したJEPA著作権実務者セミナーの終了後、間髪を入れず、著作権委員会のメンバーから称賛の声が上がった。『生成AI時代における出版・編集実務と著作権』と題し、池村聡弁護士に講演していただいた、このセミナーは出版界に携わる者にとって、生成AIをテーマにしたセミナーのなかでも、現時点において最も有意義なものの一つとして人々に記憶されるのではないか。

 前回に本コラムを担当した際、JEPAの著作権セミナーについて、次のように紹介をした。
「著作権委員会が主催している著作権セミナーは、毎回四、五百人が参加する大人気のコンテンツだ。出版ビジネスに精通した知財法務のエキスパートである松田弁護士や村瀬拓男弁護士、池村聡弁護士といった講師陣が、出版業界の最新動向を踏まえ、実務に役立つ講義をするのだから、注目が集まるのは当然である」
 引用した著作権セミナーを巡る状況は、現在も続いているどころか、生成AIの急速な普及によって、生成AIと著作権の関係に注目が集まり、参加者の人数は、ますます増加傾向にある。

 さて、今回の講義は、

 1. 生成AIと著作権を巡る近時の動向
 2. 生成AIと著作権に関する問題の整理
 3. 出版・編集実務における生成AIと著作権問題との向き合い方

という三部構成で、どのパートも適切な資料が整理された状態で提示され、池村先生が深い洞察力に基づき、解説をしていくというスタイル。

 実は、このセミナーは、半年以上に渡って、池村弁護士と定期的に打ち合わせを重ねて準備を進めてきた。生成AIの進化がハイペースであるため、当初、面白いと考えていたトピックの中には、陳腐化してしまったものもあったが、打ち合わせの初期段階から、「生成AIを出版・編集実務で賢く安全に利用する」というメッセージを打ち出そうという姿勢は揺るがなかった。

 ハリウッドで、ちょうど今回のセミナーを開催した頃まで続いていた全米脚本家組合(WGA)のストライキで、生成AIの利用規制が主要なトピックになるなど、出版界だけでなく、生成AIに仕事を奪われるという懸念は、さまざまな業界である。
 多くの人にとって、生成AIがここまで急に自分の仕事に影響を及ぼすようになるとは、想定外であったであろう。
 生成AIだけでなく、仕事でも人生でも予測していないことは起こり得る。だからこそ、今回のセミナーは、出版業界に携わる実務者が生成AIに対して、前向きになれる内容を目指していたのである。

 出版社に入社して、駆け出し編集者だった頃、いい感じで歳を重ねて、落ち着いた大人になったら、自分はこんな風になるだろうなと思っていたことがあった。
 印刷所に入稿してひと段落した仕事帰りに、気のおけない仲間と小料理屋で一献傾けるとか、週末の午後にひとり蕎麦屋で蕎麦がきを肴に日本酒を飲みながら企画を練るとか、そうしたシーンで過ごす自分だ。

 しかし、実際にその歳になったら、東京郊外に住んでいるため、最寄駅の周辺に小料理はないし、週末の蕎麦屋はファミリー客が多くて、落ち着いて食事できる雰囲気ではない。そもそもアルコールを飲むのは、だいぶ昔にやめてしまった。

 現実には、仕事帰りや週末はスポーツジムに通い、仕事に行き詰まったときは、身体を動かして、打開策を練る。JEPAを知っている業界関係者や学生がいて、著作権セミナーにも参加してくれる。思い描いていた自分とは違うが、想像していた姿より、ずっといい。

 さらに、描いていたとおりになった夢もある。将来、どこかでコラムを書いてみたいと思っていたら、今ここで執筆している。