紙雑誌と電子コミックの現在が示す出版の未来

2023.08.31

メディアドゥ  新名 新

 2013年から2022年までの10年、これは私が出版社を辞し電子出版流通会社の経営に携わった期間とほぼ一致しますが、この間にコミックを除く紙雑誌の売上は50.2%(5507億円が2767億円)に減少し、電子コミックの売上は598.0%(749億円が4479億円)に大飛躍しました。いまや、電子コミックの売上は紙雑誌売上(コミックを除く)の1.6倍になっているのです。雑誌扱いコミックや紙のコミック雑誌を加えても、紙雑誌の4795億円に対して、電子コミックは4479億円と、ほぼ拮抗するまでに至っています。

 これによって、紙と電子の全ての出版売上は2018年に底を打ち、その後は僅かですが増加傾向にあります。電子コミックの驚異的な伸びが紙出版の売上減を補って、ささやかですが余りが出たということです。実のところ2018年までのコミック全体の売上は、紙の減少分を電子の増加分が埋めることによって、ほぼ横ばいで推移していました。それがこの年を境に電子コミックの売上が急に伸び始め、紙コミックの減少分を上回るようになったのです。その結果、コミック全体の売上は10年間で1.53倍に増えました。電子によってコミックの市場は以前より大きく拡張したことになります。

 一方、紙雑誌(コミックを除く)は前述の通り、毎年5~10%ずつ減少し続け、10年間で市場がちょうど半分になってしまいました。参考までに紙の書籍市場(コミックを除く)ですが、こちらも10年間で81.5%に縮小しています。

 ここからが本題です。電子コミックはなぜこんなに売上が伸びたのでしょう? 紙のコミックが電子に置き替わったというだけでは、市場全体が1.53倍になったことの説明がつきません。2018年からの伸びについてはいくつかの原因が考えられます。1)『鬼滅の刃』を始めとするヒット作に恵まれた、2)コロナによる引き籠もり特需があった、3)アニメの製作数と放送(配信)枠が増えた、などなどが考えられます。

 しかし私は、電子コミックの流通におけるビジネスモデルの革新が大きな理由のひとつだと考えています。合本によるまとめ買い、分冊による話売り、読み放題のサブスクリプションモデル、待てば無料などの連載、大胆な無料施策と価格政策、極めつけは縦スクロールという新しい形式です。一部の電子書店が始めたこれらの新しいビジネスモデルを多くの電子書店が取り入れ、一般化したのがこの5年間ではなかったでしょうか。こうした新しいビジネスモデルがコミックの市場を拡大し、ひいては20年以上続いた出版市場の右肩下がりに歯止めをかけたのだと考えています。そしてこれら全てのビジネスモデルの前提となったのが、電子化されたコミックの存在でした。新刊はもとより過去作品の多くも電子化を完了したコミック業界は、いま、その果実を存分に味わっています。

 ここ数年の動きを見ると、電子化が進展したコミックは、それゆえに新しいビジネス形態を生み出し、市場の拡大に成功しました。一方で、電子化が遅れている一般書籍は新しいビジネスモデルも生み出せぬまま、じりじりと縮小を続けています。一時サブスクリプションモデルで期待された電子雑誌ですが、こちらは紙と内容が異なっていたこと、および画像ファイルをスクロールして読むというイケていないUIの限界によって、次第に読者を失いつつあります。そもそも母体となる紙の雑誌が次々と廃刊してしまっている今日では、現状のようなスタイルの電子雑誌にも未来はありません。

 このような視点から見ますと、出版の世界とはいえ、技術およびビジネスの革新に成功したジャンルが生き残り、それ以外のジャンルは衰退していることが分かります。今後、雑誌の復権は無理としても、一般書籍がかつての輝きを取り戻すためには、この技術とビジネスモデルの少なくともどちらか(あるいは両方かもしれませんが)の革新が必要だと思います。それはコミックと同じようなデジタル化による技術革新なのか、一時の電子雑誌のようなサブスクリプションモデルなのか、はたまた私の属するメディアドゥが取り組んでいるNFTデジタル特典付書籍のような紙書籍の新しいビジネスモデルなのか……もしかすると技術革新ではなく、旧来の委託制と再版制の抜本的変革なのかもしれません。

 いずれにせよ、業界にとってある種の痛みを伴う改革の時が迫って来ているように思えます。過去10年間、アメリカやドイツの書籍出版市場はほぼ横ばいで推移しています。どちらの国もセルフパブリッシングが盛んなので、それを含めると実際にはやや成長しているかもしれません。日本の出版市場が欧米のような健全性を取り戻すためには、我々もそろそろ痛みを引き受ける覚悟をしなければならないようです。