「デジタル技術に支えられて、いまや、新しい「電子出版」(版を出すのではなくパブリッシングと言いたい)という商品の特性を生かすのはまさにネットワークであります。従来の出版社の経営上の大きな悩みは、高額の印刷費や紙代。本の返品や、それを保管する倉庫代。物流の費用や仕組み。多品種少量出版の非効率。などなどであります。これらが、ネットワークで一挙に解決するのですから、「夢の出版の時代が来た」と言ってもいいでしょう。」
冒頭から長めの引用文で甚だ恐縮ですが、これは、私が在籍するイーブックイニシアティブジャパンの創業者である鈴木雄介が、この「キーパーソン・メッセージ」に寄せた文章の一節です。
更新日が1997年7月1日とありますから、いまから20年以上も前イーブックの設立が2000年5月ですので、それより2年前のことです。電子出版…電子書籍に輝く未来を見出し、高揚している気分が伝わってくるようです。
電子書籍という未開の分野に、鈴木氏の思惑通りにイーブックが順調に進撃したかといいますと、行く先々に困難が待ち受けていたようです。
2000年代初頭は、電子書籍に対して出版社の意識は極めて慎重でした。私も長らく出版界に身を置いておりましたので、当時のムードは覚えています。業界の流れを一変させたのは、2007年にiPhoneの登場といっても過言ではないでしょう。数年後にはAndroidやタブレット型のデバイスの登場もあって「電子書籍元年」を迎え、電子書籍に対する注目は一気に高まりました。
私がイーブックに転職したのは2010年。多額の造本代と流通コストが不要となる電子書籍に限りない夢が感じられたからです。もう10年が経とうとしています。
現状の電子書籍業界はどうなのでしょうか。そもそも、紙書籍と電子書籍の大きな違いは、何でしょうか。これは販売する立場としての感想ですが、価格変更できることが大きなポイントです。紙書籍は再販売価格維持制度があるので、定価が決められ、書店は決して価格を割り引くことは出来ません。
電子書籍の場合は再販制度の適用は受けていませんので、価格設定の変更が可能です。売り上げの大部分のシェアを占める漫画についは「30%OFF」や「半額」等がキャッチフレーズに使われ、代金を支払わなくても読める無料本が各ストアにはズラリと並びます。読者に気軽に本に触れてもらい、続巻を購入してもらうための施策ですので、こういった施策が功を奏しているのは言うまでもありません。
ただ、電子書籍を世の中に広めるための手段が価格割引や無料といった、セール頼み一辺倒のみがこの先もずっと続くのであれば、少し寂しい気はします。「夢の出版の時代」には、すでに到達したのでしょうか。まだまだ、道半ばなのでしょうか。
そういえば、冒頭の鈴木氏のメッセージのタイトルは「在宅勤務の夢」でした。コンテンツが電子化されネットで流通されるのだから、従事者も在宅勤務が可能だから事務所代を「半減できます。通勤定期代も出さなくていい」「満員電車、長距離通勤もなく、つきあい酒もなし」で効率化が図れるということです。
経営者も従業員もいいことばかりというわけです。奇しくもイーブックでは「どこでもオフィス」と称して、社屋以外で効率的に作業をするための制度が徐々に導入されようとしています。鈴木氏の在任中には叶わなかった夢が、ようやく現実のものになろうとしています。