QRコード / AR→VR→MR→?

2019.01.07

NHK出版  小関 基宏

◆私たちが目指したもの
NHK出版では、放送テキストの電子化を進めるなかで、利用者が紙版(アナログ)から電子版(デジタル)へとスムーズに移行できるためには、電子ならではの利便性を体験することが欠かせないだろうと、その手段を模索していました。それが今から5年ほど前になります。

当時からQRコードは一般化しており、アナログとデジタルを結びつける手段として真っ先に思い浮かびました。しかし、音声や映像などのデジタルコンテンツを再生する手段としては使い勝手が今ひとつでした。まず、かざしてもすぐにコンテンツが再生されないですし、QRコード自体はコンテンツではなく文字情報ですので、そこからさらに見たい聞きたいコンテンツにたどり着くための手続きが必要になります。これでは手間がかかりすぎる、かざしたらすぐに再生される方法はないのかということになりました。さらに、コンテンツを格納したサーバーのURLをネット上に公開することになり、悪意をもってダウンロードされてしまう可能性があるため権利保護が難しいという問題もありました。

そこで、あまり知られてはいませんでしたが、AR(オーグメンテッド・リアリティ)の技術に目を付けました。これは現実の世界にさまざまな情報を重ね合わせることで現実世界を拡張するというものです。現実世界を「誌面」に、付加情報を「音声・映像」と考えると十分に使えそうですし、かざすとすぐにコンテンツが再生できて、さらにURLも見えないので、盗用問題も解決するということになったのです。

◆試行の第1号は人体アプリ「AR脳カメラ」
まず取り組んだのが、NHKスペシャル『人体ミクロの大冒険』の書籍化にあたり、プロモーションのためのスマートフォン(スマホ)用アプリの制作でした。AR機能として、書籍内のいくつかのCG画像にカメラをかざすと、番組内で使われた高精細な人体CG動画を視聴できたり、脳カメラと称して、自分の頭を横から撮影した画像にさまざまな動物の脳を実際の比率で重ね合わせて、脳の大きさを比べたりといった仕掛けを盛り込みました。

その後、放送テキスト販促用冊子、「きょうの料理ビギナーズ」、「趣味の園芸」、語学テキスト3誌(西、独、仏)で『かざしてプラス』という名称でARを使ったサービスを開始。これは、番組講師のメッセージやお菓子づくりの動画、園芸講師によるワンポイントアドバイス動画、原語による朗読音声や歌の演奏などカメラをかざすことで視聴できるというものです。

そのほかに絵本への動画組み込みにも挑戦しました。これは飛び出す絵本をイメージするとわかりやすいと思います。誌面にスマホのカメラをかざすと、画面上で絵が動き出すというものです。キャラクターや背景が効果音入りでアニメーションしたり、読み聞かせ用の朗読音声を再生したりすることができます。また、広告での活用も手がけました。広告写真にカメラをかざすとCM動画が再生されるというものです。TVCMと違い、アクセス数や視聴時間などがデータとして記録できるため、広告効果を測るツールとしても役に立ちます。

現在は、動画再生サービスのほかに語学テキストを10誌に拡大し、権利関係者の許諾を得て、QRコードと併用しながら音声サービスを続けています。また、新たに「みんなの手話」も加わり、図や写真だけではわかりにくい手話動作を動画で紹介しています。

◆VRとMR、そしてその先
少々唐突ですが、米国のSFテレビドラマで映画化もされている「スタートレック」(STAR TREK)をご存じでしょうか。邦題「宇宙大作戦」で思い出される方もいらっしゃるかもしれません。劇中、宇宙船内の施設に「ホロデッキ」(holodeck)というものが登場します。これは、シミュレーテッド・リアリティーの世界、現実と区別がつかないほどリアルに再現された仮想空間のことです(フォース・フィールドなる技術で触覚もあり)。VR(バーチャル・リアリティ)のようなゴーグルは不要です。残念ながら今の技術レベルでは再現することはできません。劇中でもエイリアンの技術として登場し、ある事件を地球人が解決したことで技術供与されたものです。

これはあくまでもフィクションですが、VRやMR(ミックスド・リアリティ:ARとVRを融合させた技術。実際の物や風景に仮想物を重ね合わせて見ることができる)の究極の未来形なのかもしれません。

◆続けることで見えてきたこと
さて、ARは世間的にあまり盛り上がることなく、そのまま低迷期を迎えてしまいました。それに代わるMRといった魅力的なものが登場したこともありますし、VRのようなインパクトがなかったことも要因の一つと思われます。ただし、小さな体験にはとても向いています。本のような固定された世界から外の広大な情報世界につながることができるからです。『かざしてプラス』は、そんな小さな体験の一つと考えています。

実は、制作者にとっても大きなメリットがあります。例えば、音声や映像があればもっとわかりやすくなるといったプラスアルファの情報を加えたいと思ったときに、今までは仕組みづくりやコストを考えて諦めざるを得ませんでした。しかし、ARは比較的安価にできるため、その分をコンテンツづくりにかけられますし、管理や運用の負担も小さく済みます。まさに身の丈にあったサービスといえます。このつくりやすさ、続けやすさが、デジタルを展開する上でのキーポイントだと思います。

◆その先に進んでも変わらないもの
ARに始まり、VR、MRと進化し続け、これからも魅力的な体験が登場することでしょう。しかし、どんなに進化しても変わらないものがあります。それは情報です。ここでいう情報とは、そこにあるものの背景となるさまざまな知識や内容のことです。たしかに「百聞は一見にしかず」で目にするだけでも多くのことを得ることができます。しかし、「なぜそこにあるのか」「なぜそうなっているのか」という探求心は尽きることがありません。VRやMRで見たものにそれらの情報が加わることで、体験はさらに深化したものになります。今のうちから衣食住、趣味教養、娯楽に関わるさまざまな情報を収集作成し、蓄積し更新し管理することで、100年後の未来でも価値のあるコンテンツ、すなわち未来に通用するビジネスの種をもつことになるのではないでしょうか。