2016年8月からKindle Unlimited(KU)サービスが日本でも始まった。月額980円の定額でKUに登録されている本、雑誌、コミックが読み放題である。当初30日間は無料で体験できるということで体験読者が多数登録したようである。読者にとっては、この種のサービスは便利この上ない。特に書店で手にとって内容を確認できない電子書籍や、未知の著者・出版社の本を読んでみることができるのは、読者にとってはリスクの軽減にもなる。こうしたことから、読み放題は読者に受け入れられるだけでなく、将来主流になる可能性がある。
ここでは著者と出版社にとってKUが福音になるかどうかを考えてみる。現在、KUに本を提供しているのはKindle Direct Publishing (KDP)で電子書籍を販売している個人出版者とアマゾンと個別契約した商業出版社である。
KDPの販売条件にはアマゾン独占(セレクト)と非独占があり、セレクトを選択すれば自動的にKUの対象となる。7月までは、セレクトを選択すれば、Kindle オーナーズライブラリー(KOL)に自動的に登録されて、読まれたページ数に応じて支払いがあった。8月からは、KOLまたはKUで読まれたページ数に基づいて支払われるようになったのである。
読まれたページ数はアマゾンの用語ではKindle Edition Normalized Page Count (KENPC)という。KENPあたりの支払い単価は、KUが始まる前は約80銭強であったが、KUが始まった8月には約50銭に下がった模様である。なぜこのようになるか、というと支払いはKDP セレクト グローバル基金(グローバル基金)から、KENPCで案分した分配としてなされるからである。個人出版者のブログなどを見ると、KU開始によりKindleセレクトで販売している本のKENPCは軒並み大幅に増えたと報告されている(逆に、1冊の販売数は減少したようだ)。こうしてグローバル基金の増額に比べて、延KENPCが増えたために、1KENPあたりの支払い単価が大幅に目減りしたのである。
一方、伝えられるところによると、アマゾンと出版社間には、サービスの開始から年内は、10%読まれたら1冊分の購読代金を払うという特約があったようだ。KUの支払いモデルは、上述のように、アマゾンが収入をグローバル基金として蓄積してそれを分配するのであるから、本来大きな損失はでないはずである。ところが伝えられている特約ではアマゾンの支払い分に歯止めがかからず青天井になってしまうだろう。
アマゾンは、予算超過のため焦ったのだろうが、一方的に人気本のKU登録取り消しという挙に出て、出版社とトラブルを起こすという失態が報じられている。しかし、これはあくまで半年間の一過性のできごとであろう。半年経過後の大手出版社との契約がどうなるかは交渉次第だろうが、KUでは読者は定額読み放題なので、出版社への支払いを青天井にするのは不合理である。長期的には支払いはグローバル基金からの分配に集約されるのだろう。そこで、以下はグローバル基金からの支払いに集約されると仮定して議論を進める。
KENPあたりの支払い単価が50銭であるとするならば、月額980円は1,960KENP(アマゾンの取り分がないと考えたときの数字である。実際はアマゾンの取り分があるのでもっと少ない)にあたる。従って、KU読者が月に平均1,960KENPC以上読むならばKENP単価は低落する。それ以下ならKENP単価は上昇することになる。
では、1,960KENPCとはどの程度のボリュームになるであろうか? 私が実験したところでは、文字だけの本で四六判換算約300ページの本を読み切ったとき、約420KENPCとなった。すると1,960KENPCは四六判の少し厚めの本5冊弱分である。月の読書量として、文字の多い本であれば十分かもしれない。コミックなら1,960KENPCでは足りないのではないだろうか。
また、上の例では1冊が読み切られたとき、KENP単価50銭であれば、約210円の支払いがなされる、ということになる。KENP単価は随時変動するが、本の定価とはまったく関係ないことに注意する必要がある。この支払額は安い定価をつけがちなKDP出版者であれば十分かもしれない。では、商業出版社にとって受け入れられる数字だろうか?
最後に、KUに関して、今後の懸念事項を二つ指摘しておきたい。第一にブランド力のある商業出版社の本も、個人出版者の本も同じ土俵でKENPCが計算され、同じKENP単価により支払いが行われるのかどうか? もし、そうだとするとこれは出版社のブランドに価値がなくなることを意味する。
第二に、コミック・小説・専門書といったジャンルを問わず、同じ土俵でKENPCが計算されて、KENP単価は同一になるのだろうか? KENPCの計算方法は不明だが、現在KENP単価は同じようだ。もし今後も同じならば分配は不平等になる。これは次のように考えてみれば直ぐ分かる。仮にある読者が月980円でコミックを月5,000KENPC読み、別の読者が980円で専門書を月1,000KENPC読むとする。この場合、コミック作家と専門書著者への分配は同額になるべきだ。しかし、KENPCに基づく分配では、コミック作家への分配は専門書著者への分配の5倍となるだろう。
このように考えると、アマゾンKUでは商業出版社と個人作家間、あるいはKDPならコミック作家と専門書著者などの著者間の分配が大きな影響を与えるだろう。分配の仕方によって、出版の担い手が様変わりする可能性がある。