齢67にして……

2016.08.06

イーブックイニシアティブジャパン  鈴木 正則

 4月21日の定期株主総会のタイミングでイーブックイニシアティブジャパンの取締役を辞任しました。2008年3月に小学館を退社してイーブックに参加、5月に取締役に選任されて8年――amazonが日本でも電子書籍の配信を始め、iPadが登場し、ガラケーからスマートフォンへの大転換が起こるなど、電子書籍をめぐる市場環境が文字通り様変わりした8年でした。イーブックも東証一部への上場を果たし、従業員も100名を超えて成長を続けています。配信書籍は47万冊を超えました。

 そんななかでの〝役員引退〟を突然と感じていただいた方たちから「退任後どうするの?」といった問い合わせをいただきました。齢67を超えた身ですが、つたない経験をかってくれているのか、顧問として変わりなく仕事を続けることになっています。新しい名刺には「顧問/Corporate Adviser」とあり、若返ったマネジメント層や現場のスタッフたちに適宜アドバイスをするのが期待される役割ということになります。それはもちろんやっていくつもりですが、同時に権限とそれにともなう責任から自由になって、いまいちど〝プレイヤー〟として、電子書籍に取り組んでみようと考えている次第です。マンガが活動の中心になっているイーブックでは、一般書籍、つまり文字の本を読者のもとに届けるための活動はまだまだ手薄というのが残念ながら現実です。
 そこで考えていること(企画)は、3つ。

(1) シリーズ「自著を語る」

この企画は、2015年春に芥川賞作家の平野啓一郎さんへのインタビューでスタートしました。『透明なる迷宮』(新潮社)を中心に3時間以上にわたったインタビューを前編・後編の2回に分けて公開しています。
次いで昨年の直木賞受賞作『流』(講談社)の東山彰良さん。今年になって、長岡弘樹『教場』(小学館)、相場英雄『ガラパゴス』(小学館)『震える牛』(小学館)、本城雅人『ミッドナイト・ジャーナル』(講談社)と続きました。5人目の本城雅人さんは、つい最近7月29日に公開したばかりです。フィクションの作家が5人続きましたが、6人目は、初めてのノンフィクション作品『パナソニック人事抗争史』(講談社)の岩瀬達哉さんです。インタビュー記事は8月12日公開の予定です。
岩瀬達哉さんは、かつて私が「週刊ポスト」編集部にいたときに記者として一緒に仕事をした仲で、著書が文庫化されるタイミングでインタビューに応じてもらったのですが、平野啓一郎さん、東山彰良さん、長岡弘樹さん、相場英雄さんは皆、新潮社、講談社、小学館の編集担当者、デジタル部門の協力によってインタビューが実現しました。
インタビュー用のコンテ作成、録音起こしの内容確認、原稿のコンテ作成、原稿チェック、タイトル作成、写真選定など記事づくりのすべては、週刊誌編集部で学びました。記事づくりのA~Zを若いスタッフに伝えながら楽しんでいます。
これまでのインタビュー記事は以下のurlでお読みいただけます。
平野啓一郎
http://www.ebookjapan.jp/ebj/special/st/k_hirano_toumeinameikyu.asp
東山彰良
http://www.ebookjapan.jp/ebj/special/st/a_higashiyama_interview.asp
長岡弘樹
http://www.ebookjapan.jp/ebj/special/st/h_nagaoka_interview.asp
相場英雄
http://www.ebookjapan.jp/ebj/special/st/h_aiba_interview.asp
本城雅人
http://www.ebookjapan.jp/ebj/special/st/m_honjo_interview.asp

今後、フィクション、ノンフィクションの分野だけでなく、ビジネス書、実用書、学習図書や絵本など、様々なジャンルの電子書籍に拡げていきたいと考えています。「シリーズ・自著を語る」にご登場いただけませんか。出版社の皆さまからお声がけいただければ幸いです。

(2) 出版社社員の「この1冊」

まず、以下のurlのページをご覧ください。
http://www.ebookjapan.jp/ebj/special/kds_konoichi.asp
http://www.ebookjapan.jp/ebj/special/st/sgk_konoichi.asp
講談社、小学館それぞれの社員が「この1冊」への思いを書いたブックレビューを集めた特集企画です。きっかけは講談社のホームページ「講談社BOOK倶楽部」で見つけた創業100周年記念企画でした。「講談社の1冊」と銘打って、社員がすすめる本を一覧にしていました。なかには吉行淳之介『鞄の中身』をレビューする持田克己専務の原稿も含まれていました。さっそく、社員が書いたレビュー原稿をそっくり、イーブックジャパンのなかに特集として収録させてもらえないか、とデジタル部門の担当者にもちかけたところ、二つ返事でオーケーとなりました。その段階で紙書籍しかない本をのぞいて収録・公開したのが、上記の「講談社社員の1冊」ページです。
講談社のページを見せて、ぜひ小学館もやらないか、ともちかけて実現したのが、上記の小学館社員の1冊のページです。引き受けてくれたデジタル事業局の担当者たちが本好き社員に声をかけて原稿を書いてもらったので、少し時間がかかりはしましたが、紹介されているのはすべて他社の本です。小学館の本は一冊もありませんでした。しかも全員の顔写真もついています(一人だけ、作家・西加奈子さんが描いてくれたという、ちょっと変わった自画像を自身の顔写真に代えて出してくれた編集者がいました)。感激感謝です。各レビュアーにオススメ小学館本を1冊ずつあげてもらい、文末に追記しました。
講談社の1冊のレビューは、特集として読めるだけではなく、イーブックジャパンサイトの分野ページの「スペシャルレビュー」欄にも表示されます。たとえば「文芸」であれば、そのジャンルの本について書かれたレビューがアクセスごとにリロードされて入れ替わり立ち替わり表示されるようになっています。また、対象の書籍のページには常に表示されて、読者の判断を助ける仕組みになっています。
小学館社員の1冊も、同じように本のあらゆるところで表示されるようにする予定ですが、現状ではまだ特集ページのみで、他への実装は間に合っていません。小学館の皆さま、いましばらく、お待ちください。
とまれ、前述の通り、配信書籍は50万冊近くになっています。毎週々々、数百、千を超す本が新着しています。何がどこにあるのか、埋もれてしまって読者の目に触れる機会がなかなかない本が数多くあります。というか、それが普通になってきています。そんな状況を打開する方法の一つが、本好きの出版社社員によるオススメ本のレビューだと考えています。埋もれてしまっていて何年間もまったく動かなかった本がレビューが出たことで突然のように動き始めたという実例を私たちは持っています。小さな小さな一歩ですが、こうしたことの積み重ねが本が読者の目に触れるきっかけになり、手にとってもらうチャンスとなるのだと思います。
講談社、小学館に続いて、社員のレビューを提供しようと手をあげてくれる出版社の登場を心からお待ちしています。分野は問いませんし、自社本であれ、他社本であれ、大歓迎です。

(3) レジェンド本その他の電子化

この夏、9冊の画像形式(固定型)の本と1冊のリフロー書籍に取り組んでいます。
画像形式の一つは、昨年10月に亡くなった佐木隆三さんと写真家の三留理男さんの共著『Jimmy & George 米大陸に渡った混血児たち』です。1982年に集英社から単行本として出版されましたが、初出は1982年1月から20回にわたった週刊ポストの連載です。週刊ポストで担当していた佐木さんと話しているうちに連載企画が形になっていき、1981年3月から三留理男さんを加えた3人で沖縄通いを始めました。そして、その夏、佐木さんと三留さん二人に南北アメリカ大陸、約1ヵ月の取材旅行をしてもらいました。ポスト連載に加筆してできあがったのが、この本です。
私にとっては思い入れのある、大事にしてきた本です。自宅の書棚に一冊だけ残っていた二人のサイン入りの本を読み直していて電子化を思い立ちました。沖縄の問題は何も変わっていない……。佐木さんの長男に連絡を取り、三留理男さんに連絡を入れ、そして出版元の集英社の人にも連絡をして会いに行きました。電子化オーケーの許諾をとって、奥付を電子版向けに直して……いま、スキャンと画像化が動き始めています。
そして三留理男さんの写真集など8冊も同時に電子化できることに話が拡がって、一緒に動かしています。『サラーム 平和を!』『チュイ・ポン 助けて!』『アコロ 喰うものをくれ!』(以上、集英社)、『目撃者』(毎日新聞社)、『3・11 FUKUSHIMA 放射能汚染の555日』『歓楽街の社会学 世紀を超えて見つめ続けた、激動のアジア』(以上、游学社)、『被曝の牧場 3・11 FUKUSHIMA』『鑛毒 田中正造と谷中農民』(以上、具象舎)です。
以上9冊は写真を重視する内容でもあり固定型の電子書籍で進めていますが、リフローのepubで用意しようと考えている原稿もあります。西舘好子さん(故・井上ひさし氏の元妻)がこの4月から中日新聞/東京新聞に連載した「新・子守唄ものがたり」を電子書籍にしようという企画です。62回の連載が終わった7月初めに、久しぶりに西舘さんとお会いして相談をしました。中日新聞では本にする予定がないとのことで、ならばぜひ電子書籍でやりませんかと持ちかけた次第。西舘さんもこれからは電子書籍がもっともっと伸びていくのでしょうね、と快諾してくれました。元原稿に入った連載時の修正や連載の字数制限でやむをえず落とした部分などを加筆して、8月末までにテキスト原稿の完成版を用意してもらえることになりました。完成版のテキストがあれば、epub化に問題はありません。表紙を用意するなど、通常の出版と同じ編集作業を進めていけばいいのですが、クリアしたい課題があります。西舘さんは電子書籍に積極的なのですが、できれば紙の本も同時に出したいと考えていらっしゃいます。西舘さんと子守唄の関わりは長く、NPO法人日本子守唄協会理事長を務めています。日常的に子守唄に関わるイベント活動を展開しているのですが、その会場での書籍販売が欠かせないものとなっているそうです。そのために紙の本も欲しいというわけです。
完成版のテキスト原稿は用意していただけます。epubデータも用意します。それを活用して紙の本を作ることも可能です。連載の内容は、コピーをお送りいたしますので、ぜひお読みください。日本各地で歌い継がれてきた子守唄にまつわる伝承を丹念に掘り起こしていくコラムで、私はたいへん面白く読ませてもらいました。私たちは電子本は作りますが、紙の本は――餅は餅屋です。協力し合って紙と電子の同時出版という新しい試みに参加していただける出版社を求めています。ご一報いただければ、すぐにご説明にお伺いします。

 キーパーソン・メッセージの場を借りて、お願いばかりになってしまいました。興味をお持ちいただければ幸いです。