この原稿を書いている本日(2016年3月29日),40年勤務した株式会社有斐閣を退職することとなっています。入社は1976年。それから20年後の1996年が出版産業の売上がピークに達した年でした。1996年の売上は2兆6千億円台,その20年後の2015年は1兆5千億円台。1兆円以上が失われました。出版産業の上向きの20年と凋落の20年をちょうど半分ずつ過ごしたことになります。
特にこの10年は,出版産業は斜陽産業といわれるまでに凋落を続けています。1千億円を超える売上が消えていくここしばらくは,雑誌の廃刊も相次ぎ,大手書店や取次も廃業したりと寂しい、悲しい話題ばかり続いてきました。
本が売れない。その原因はいろいろと言われています。メディアの多様化で本・雑誌というものへお金を使う割合が相対的に少なくなったというのが正解でしょう。活字離れということも言われています。デバイスの形を変えて活字は読まれているという見方もあって,一概に活字離れともいえないという見方もあります。しかし,紙の本や雑誌を電車の中で読んでいる人を見かけることは本当に少なくなりました。携帯電話やスマホにお金の使い道と可処分時間とをとられてしまったことは疑いようもありません。そんな中ですが,有斐閣のような大学の教科書(講義やゼミで使うテキスト)を売上げの中心においている会社にとっての原因は,ほかにもあるようです。
学術書・専門書が講義やゼミのテキストとして指定されて,学生さんがそれを買って読んでいました。もともと暇つぶしで読むようなものではありません。このテキストの指定が少ない。さらにテキストをしていても買わない学生が多いのです。
高いからとか,講義やゼミでもテキスト全部を使わないからとか,必要な部分をコピーして読む,そんな学生さんが多いのです。図書館で講義テキストが複数買われ,それがコピーされて読まれる。そんな事態が広がっています。講義をする側も,テキストを指定してそれに沿って講義をするだけでは授業評価が低くなるため,レジュメを工夫し,参考資料を(テキストとして指定するはずだった?)書籍からコピーして配布するという行動をとるようです。
このコピー被害,これが大学テキストを主体としてきた専門書業界の低迷の大きな原因と見ています。
この低迷から抜け出す一つのカギがXUB(eXtensible Utilization of Books)システム(図)です。
昨年秋の図書館総合展の中のフォーラム「変わる大学,変わる図書館」で基調報告を担当しました。その際に,学術書・専門書の電子化に当たって,その書籍の部分(章単位や節単位)をマイクロコンテンツとして管理し,部分の利用や,部分の組合せによる新たな電子書籍の利用を図る仕組み(教材フレームワーク)を提唱し,その後いろいろなところで説明をしています。
これは簡単に言って,コピーの被害を防ぎながら,現在のアクティブ・ラーニングの要請にも応えることができる仕組みの提案です。安価で学生全員に電子書籍の部分利用をしてもらったり,教師の作成するレジュメや書き下ろしと資料(部分的に利用できる文献の一部)を組み合わせたりして教材とすることや,さらにそれを再登録して広く利用に付したりできる仕組みがXUBシステムなのです。
ただ,これが実現できるようにするためには,学術書・専門書電子書籍が格段に増えることが前提条件として必要です。しかし,現在の方法では,過去の書籍の著作権利用許諾の取得が最大のネックとなっています。このネックをなくすこと,すなわち,出版社(その編集者や担当者)の負担を軽減することが今求められていると思います。このためには,著作権利用許諾の代行業務を専門に請け負う装置が必要だと考えるに至りました。権利処理の集中管理とそれによる効率化です。
また,過去の出版物の電子化のコストの軽減も必要です。これには,印刷所の協力を得る方法がよいと考えています。ただ,むやみに協力を要請するのではなく,紙の出版物の中間生成物として印刷所の所有にかかる組版データを利用し,その利用にロイヤリティで応える方法が解決策ではないかと見ているのです。特に近時の刊行の出版物であれば,pdfファイルによる納品は,そんなにはコストが嵩むことはないとみて,印刷会社にとってはロイヤリティ方式の方が得策になると考えられます。
さらに必要になるものが,著作権管理システムです。ようやく学術書の電子書籍が売れるようになってきました。まだ販売先は個人ではなく図書館など機関が中心ですが,とにかく学術書電子書籍が毎年少しずつ売上を上げています。ただ,刊行時印税と異なり,電子書籍は売上印税方式です。毎年売上を締めてその年の印税を支払わなければなりません。学術書は分担執筆の書籍も多く,この売上印税の毎年の計算と支払は,出版社がこれまで経験してこなかった新たな作業です。まだまだ担当者の個人的な力業で細々とこなしているというのが,実状ではないでしょうか。
個々の担当者の力業に替わるものとして求められているものが,共同執筆の書籍の個々の著作物も含めた著作物全般とその著作権者の情報とを管理し,売上印税情報を作成するシステム,MCMS(Micro Contents Management System)です。これから飛躍的に増えていく(であろう)学術書電子書籍をマイクロコンテンツ単位で管理する仕組みで,この仕組みを持つことで,学術書電子書籍をその部分部分を求めに応じて販売する仕組みも可能となります。
学術書電子書籍をマイクロコンテンツとして管理し,権利情報を確実に把握して,部分部分を個別に販売した後も,その利用の際に着実にトレースされる仕組みができれば,著作権者も安心して電子化に許諾をすることができるし,利用する側も正当にかつ安価で利用できるメリットがあります。
バックヤードにMCMSを持ち,フロントがXUBシステムとなっているサイト,これが筆者の理想です。そして,その仕組みは,学術書電子書籍の新たな利活用を生むことになるでしょう。さらに,学術書電子書籍にとどまらず,書籍,雑誌,音声,画像,動画にも応用可能です。利用者が何かを探して利用する際に,権利処理されたコンテンツを正しく利用できる総合検索のコミュニティー,それが到達点です。楽しい夢だと思いませんか?
有斐閣での40年,はじめは六法編集室で版下を切り貼りしてページを作成する作業がメインの仕事に就きました。そこで「ポケット六法」の創刊,今はなき「小六法」の大型化,「六法全書」分冊化に関与したのは懐かしい思い出です。昭和59年に雑誌編集部に異動しましたが,3年という短い雑誌編集経験の後,昭和62年再度六法編集部に戻され,六法全書の電算化,「有斐閣判例六法」の創刊を担当しました。1990年代の初め頃からは六法編集部で編集システムの電子化を担当し,「電子ブックTM判例六法」,「CD-ROM判例六法・小六法」を刊行しています。ついで1999年電子メディア開発室創設とともにメンバーになり,昨年10月まで16年半いましたから,六法の電算化から数えれば30年近くを出版物の電子化に関わってきたことになります。電子メディア開発室では,重要判例検索システムVpass(現在は有斐閣オンライン・データベース)や雑誌バックナンバーDVD,六法電子復刻版DVDの開発をして,毎年2億円を超える売上(ロイヤリティー収入)を上げることができました。この20年出版産業の売上が下がりつつあるなかで,逆に毎年着実に売上を上げてきましたから,まあ,よくやったと思っています。
こんな40年の有斐閣での勤務を終えて,今また新しいことにチャレンジしようと思っています。マイクロコンテンツとしての学術書電子書籍・雑誌が,教材フレームワークによって利活用が進み,もう一度しっかりとした学術書が一冊丸ごときちんと読まれる日が戻ってくる,そんなことも夢見ているこの頃です。