「本をたくさんの人に読んでもらうためにできること」
2015.03.09
日立コンサルティング 岡山 将也
世の中に本がありすぎて、何を読んだらいいかわからないという声をよく聞きます。そのような中で、ある本屋さんのカリスマ店員は、悩める読者の要望を聞きながら、その人に合った本を薦めてくれます。またある本屋さんでは、「なぜ売れない! ○○文庫」や「中学生になったら読む本」など、カテゴリ別や世代別のコーナーを設置して、お客様の興味にあった本をお勧め本として紹介しています。しかしこのような書店側の努力にもかかわらず、出版業界としては、本が売れない状態が続いていると言われています。出版ニュース社が毎年出している出版年鑑を見ると、確かに、書籍実売総金額が1997年をピークに右肩下がりになっています。
本が売れない問題の一つに読者側の読むスタイルが変わったことも挙げられます。電車の中を見渡して見て、10年ほど前は、新聞や雑誌、単行本を読んでいる人がほとんどでしたが、いまやそれは昔の話。ほとんどの人がスマホやタブレット片手に、耳にイヤホン(ヘッドホン)というスタイルに変わりました。紙の新聞や雑誌や単行本を読んでいる人を探す方が大変です。でも本当に新聞や雑誌、単行本を読む人は減ったのでしょうか?
出版不況が本当かどうかという問いに、ズバッとメスを入れた著名な編集者がいます。朝日新聞の林智彦氏です。彼はCNET JAPANの「電子書籍ビジネスの真相」(http://japan.cnet.com/sp/t_hayashi/35053097/)という特集記事で、「紙の本だけを見れば確かに目減りしているが、電子出版も含めたら、上昇しているではないか!」という斬新な視点でお話しされています。すなわち、読書人口が減ったのではなく、読書スタイルが変わったことが大きな要因のようです。これまで紙で読んでいた人が、電子出版にメディアシフトすることにより、いつでも、どこでも、読みたいときに気軽に読書ができるようになったのです(利便性の向上)。
もう一つ理由があると思います。それは、読みたくても読めなくなった人も増え始めたという事実です。私も、最近は年のせいか、細かい字が読みにくくなり、長時間読書をすると目が悲鳴を上げ始めます。往々に「誰か代わりに読んでよ」と思っている自分がいます。特に細かい字を読もうとすると、結構大変です。また家事や子育てなどに追われ、読書の時間はどんどん下降線を辿って行きます。
さらに、日本では、約1300万人が健常者のように読書ができない“読書困難者”ということがわかっています(http://it.impressbm.co.jp/articles/-/10808)。約1300万人と言えば、東京都の人口に匹敵する規模です。途方もなく大勢の人が読書に何らかの違和感を覚えているということです。読書困難者の人たちが読める本(まずは、音声化を考慮した電子出版物)を商品もしくは支援補助の商品として提供できれば、市場としてもとても魅力的なものになると確信しています。
平成28年(2016年)4月1日に世の中を大きく変える法律が施行されます。「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」、いわゆる「障害者差別解消法」です。この法律が施行されると、公的機関は法的義務として、読書困難者に対してサービスを実施する必要が出ます。民間企業は努力目標ですが、本当にそれで済むのでしょうか? 特に出版業界は、図書館業界ともつながっており、対応を迫られる出版社も多くあるかと思います。杞憂ならそれでいいのですが、その時になって慌てるより、「膳は急げ」です。早く取り組めばその分、制作ノウハウも貯まります。読書困難者に対応していない出版物については、テキストデータの提供を求められるかもしれません。法律が施行後、テキストデータの提供を求められるよりも、先回りして、音声化を考慮した電子出版物を提供できれば、読書困難者の人たちに合理的配慮を行ったと認めて頂ける出版社になれるのではないでしょうか。
最近ですが、マンガを音声で聴きたいという要望をもらいました。試しに某マンガ出版社の協力を得て、数ページですが、マンガをドラマ風に音声合成を使って作ってみました。吹き出しだけ読み上げてもわからないため、数ページ分の脚本を60分ほどで書き起こし、ナレーションと登場人物ごと声を変えて音声化し、EPUB 化して、音声で聴くマンガを作ってみました。音声化とEPUB組立ては30分弱で終ったため、正味90分で完成です。実際、全盲の人や弱視の人に聞いてもらうと、「この電子出版物はどこに売っているのですか?」と質問を受ける好評ぶりでした。高齢者の方からも、おもしろいね、ラジオドラマのようだ、と好感を持って頂きました。
これからの時代、益々多様性が重要視されてくると思っています。出版もこの多様性を持って進めば、次の新しい未来が開けてくると私は信じています。