本を読もう!

2010.07.01

三省堂  高野 郁子

 電子書籍についてのニュースが連日報じられ、日本電子出版協会もにわかに(?)注目を浴びている今、あらためて設立趣旨を読み返してみると、
 『当協会は、日本及び世界の社会変革に接し、新しい文化の形態である電子出版文化を築き上げ、社会をよりよく発展させる事に役立つ事を理念とし、そのため電子出版市場を立ち上げ、更に発展させる事を目的としています。』
とあります。明るい未来を展望する意気込みの感じられる文章です。『出版クロニクル』によれば、JEPA設立を伝える新聞記事でも「高度情報社会での出版 業の地位を確保するために、エレクトロニクス技術を利用した新媒体への対応を研究しようと」出版社が集まって発足したと報道されています。
 JEPAの設立趣旨が書かれた1986年はまだ商用インターネットすらない時代で、その時代に7つの専門委員会を設置して出版事業の可能性を検討するというJEPAの活動は改めて読み返してみても頼もしく、電子出版は希望と期待とともに「待たれるべき」ものでした。
 いっぽう最近の電子書籍をめぐるニュースはというと、「出版文化の危機」「書店がなくなる」「出版界へ黒船来襲」「活字離れを加速」などなどとても明る い気持ちになれるものではありません。電子書籍の実現が一気に加速して進行すると感じられるようになり、デジタル化社会にどう適応していったらよいかがわ たしたち一人一人にとって大きな課題となる時代になったからかもしれません。
 そのためか、電子書籍の議論には読者の立場、書店の立場、出版社の立場、印刷会社の立場、新規参入者の立場などさまざまな立場でそれぞれの問題意識に基 づいた発言が一方向的に繰り返されているように感じます。議論がかみ合っていないので、問題解決の筋道すらみえてきません。電子書籍を読む読者としては、 どういう端末で読むのが読みやすいかやどこで買うと便利か、が気になり、出版社の社員としては、電子書籍の時代になったときにどういうビジネスをしていけ ばよいかが心配で、幕末の黒船に匹敵する大事件だといわれればこの先どうなるのか不安にもなります。
 今回このキーパーソンズメッセージの依頼を受けて、どういう内容でまとめるか本当に困りました。いまこんなに注目をあびている電子書籍にふれないのも変 で、しかし、課題も立場も入り乱れた議論に参加もしにくい。何回原稿を書き始めても考えが整理できず、ちっともまとめられません。実はいまも困っていま す。
 この困った状況に道を見出すためにどうしたらよいか考えあぐねていて、最後に思い至ったのが、タイトルのフレーズ「本を読もう」でした。出版という仕事 は、伝えたいことや伝えたい気持ちを持っている人の思いを形にして、読みたい人に手渡すことです。それが紙でも電子書籍でも手渡すことが大事。ここから発 想したいと思います。そんな簡単にこれがベストだ、という結論は出そうにありません。
 読みたい本を、読みたい時に、読みやすい形で、読めるようになるにはどうしたらよいか。
 伝えたいことを、伝えたい人に、伝わる形で手渡すにはどういう方法が選べるのだろうか。
 本を読もう。そうして考えてみたいと思います。
 新しい時代の読書体験をこれからどういう形に作っていくか。みなさんはどうでしょうか。