新潮社 上田 恭弘
今年、東京では猛暑日はいったい何日あったのでしょうか。雨も多くいつになく過ごしやすい日が多い夏でした。例年あんなに暑いだの異常気象だのと文句をいいながら、いざそうでもない夏を過ごしてみると、また暑いにきまっていると身構えていた身としては、なんだか肩すかしを食らったような気分にもなったものでした。
甲子園では注目の菊池が故障でろくに投げられなくなり敗退、世界陸上も日本は金メダルをとれず、こちらも肩すかしの夏ではありました。
肩すかしではなかったのは、迫り来るパンデミックとKDDIが大規模に展開した電子書籍のキャンペーン「夏の文芸100冊」ぐらいではないでしょうか。
今さら言うまでもなく、電子書籍の75%はコミックの売上げ、しかもその過半は官能色を全面に押し出した作品が占めています。文字ものも同様、BL系やTL系作品が市場を覆いつくし、弊社はそのジャンルを配信する能力も意欲もなく、市場の片隅で小説を中心に月に数点配信するのがせいぜいのビジネスです。売上げは相当の比率で伸びてはいるものの、採算がとれるまでにはまだひと伸びもふた伸びもしてくれなくてはどうにもなりません。
それがKDDIの手にかかると、読書に特化した端末の発売に売れっ子を起用したテレビCM、そしてキャリアのTOP画面から展開される文芸キャンペン……。一出版社の電子書籍部門のビジネス規模では考えられない物量で「電子書籍」がアピールされました。
その結果は……キャンペーンで取り上げられた作品は軒並み売上げが5倍以上にUPし、特別に無料配信した石田衣良氏の書き下ろし短編「黒髪の魔女」はあっという間に10万に迫るダウンロード。キャンペーン開始前と比べて弊KDDIサイトの売上げは約1.5倍に伸張しました。
ここからくみ取れることは以下の諸点です。
・電子書籍には適切なプロモーション活動がまだ不足していること。
・電子書籍は、単行本や文庫と同様な新たな判型としてまだ読者に認知されていないこと。
・従ってビジネスチャンスがまだこれから広がっていること。
・自社の得意分野だからこそ対応できたこと。背伸びしてもよそ見をしてもいいことはない。
・(余談)「キャリアさま」は取り扱い注意だが、味方につけるとこれほど力強いパートナーはいない。当たり前だけど。
この夏のスマッシュヒットとなった文芸キャンペーンは8月一杯で終わりました。電子書籍ビジネス自体を「肩すかし」に終わらせないためにも、こういったささやかな「成功体験」を積み重ねていくことが今はまだ大事なのだろうと思っています。