電子(デジタル)から紙(アナログ)へ

2008.08.01

ディキューブ  萩原 誠

 一昔前、「電子出版」という言葉は「紙の本」を「電子化する」こととほぼ同義語でした。この「紙(アナログ)から電子(デジタル)へ」、という流れに加え、現在においては「電子(デジタル)から本(アナログ)へ」という別の流れが生まれてきています。
 『電車男』に端を発した「2ちゃんねる」発祥の本は次から次へと出版され、現在ではぶんか社から「2ちゃんねる新書」という形で定期的に発行されるまでになっています。その他にも「ブログ発祥」の書籍の点数は増えるばかりです。同様に中経出版の『ぼく、オタリーマン。』や早川書房の『今日の早川さん』など、コミックにおいてもWeb生まれの作品がスマッシュヒットとなっています。
 そして、なんといっても最大の影響はいわゆる「ケータイ小説」の登場です。スターツ出版の『Deep Love』が発行された時点では、「たまたま」という感覚がありましたが、昨年には遂に文芸小説のベストセラーの上位の半分を『恋空』をはじめとする「ケータイ小説」が占めるという事態になりました。
 このことは、これまでは一次的コンテンツであった「紙」の本を、二次的に利用する、という意味であった「電子出版」の在り方に加え、新たに「電子」が一次的コンテンツとなる時代になったことを意味します。
 しかし、こうしたコンテンツたちは、インターネットという大海の中を泳ぐほんのわずかな魚たちに過ぎません。ほとんどがコンテンツとしては本になりえないような有象無象の中から、奇跡的に釣り上げられるものでしかないのです。それでも、この潮流はしばらく途絶えることはないでしょう。
 こうした状況は出版社のWebサイトにも徐々に影響を与えているように思います。弊社は出版社専業のWebサイト制作を業務としておりますが、これまでは「出版社のサイト=商品紹介のサイト」という形での制作・運用の案件がほとんどであったのに対し、少しずつですが「出版社のサイト=商品紹介+コンテンツ提供」、という案件が増えてきています。
 河出書房新社のブログ「KAWADE WEB MAGAZINE」や、講談社のWebポータル「MouRa」など、出版社自らのサイトを電子的な一次的コンテンツの発表の場として使用し、紙の本へと二次利用する、といった例も既に見られます。また紙の本の補完媒体としてWebやケータイを利用してコンテンツを提供する、といったものも増えています。
 出版社自身がWebマガジンやポータル、もしくはブログでのコンテンツを提供する場を設ける最も大きな理由は、「既にあるWeb、またはケータイのコンテンツから売れるものを探す」だけでなく、自らが「コンテンツを生み出す場になることができる」ということになると思います。
 また、電子媒体でコンテンツを提供することは、紙の本を発行するのに比べていくつかのメリットがあります。ひとつは、書籍や雑誌などを発行するよりもコストが低いということ。雑誌の売り上げが落ち、かつてのように広告がとれない時代になっている昨今では、コンテンツを発表したくても雑誌を簡単に創刊するわけにはいきません。書籍として出版するには当然リスクがあります。紙に印刷し、流通させなくてはならない書籍や雑誌と違い、Webコンテンツはサーバにアップするだけで読者にコンテンツを提供することができます。
 ふたつめは、紙の本として発売する前に、どれくらいの読者がいるかなどのマーケティングができることです。雑誌は発行部数でしか読者の数を計ることができませんが、インターネット上のコンテンツでは、それぞれのコンテンツがどれくらいアクセスされているか、またインターネット上で言及されているかということを調べることができます。このことは、発行の是非、または部数の決定などに大きな役割を果たすことになります。
 逆にデメリットをあげるとすれば、こうしたインターネット上のコンテンツでは売り上げをあげにくい、ということです。そもそも、2ちゃんねるのコンテンツにしてもケータイ小説にしてもコンテンツは無料です。だからこそ多くの人の目にとまり、注目されます。しかし、これを課金制などにしてしまうと、読者の数は減ってしまいます。注目を浴びないコンテンツを紙の本として出版する、というビジネスモデルはおそらくありえないでしょう。
 インターネット上のコンテンツ販売で利益をあげることは簡単ではありませんが、コンテンツを紙の本に二次利用する、もしくは、コンテンツプロバイダーとしての出版社の強みを活かし、コンテンツを提供し、そこに読者を集めることで何らかの対価を得ることができれば、新たなビジネスモデルの創出となるかもしれません。
 出版社のサイトがこれまでどおりの自社の商品(紙の本)を紹介するだけのWebサイトではなく、コンテンツを生み出し、読者に提供する場としてのWebサイト、ブログ、ケータイサイトとなる。出版社のサイトが活気づくことによって電子出版、ひいては紙の本までも元気になる、ディキューブではそうした場を作るお手伝いができればと考えています。