出版社は自ら「デジタル原本」を保管して活用しよう

2006.05.01

紀伊國屋書店  黒田 信二郎

 コンピュータ技術の進展により「電子出版」の様相も、刻々と変化してきた。
 やや手前味噌となるが、紀伊國屋書店の最近の取り組みをふたつ紹介したい。
 そのひとつは「NetLibrary(電子図書館)」ビジネスモデルの提案である。
 NetLibraryは、出版社が制作したeBook(電子書籍)を図書館に販売する仕組みで、書籍よりはるかに低価格で制作ができる一方、書籍を販売するのと同様に販売数に応じて出版社にロイヤリティ収入がはいるモデルである。NetLibraryは世界最大の図書館ネットワークであるOCLC(Online Computer Library Center, Inc.)の一部門であり、著作権保護について十分に配慮されており、コンテンツの複製や不正利用を防止する様々な仕組みにより、著作者や出版社の権利を守ることができるようになっている。
 このモデルの特徴は、出版社自身がコンテンツ(eBook)を制作し(もちろん実際の作業は印刷会社や組版会社に委託することもあるが)、価格設定も含めその権利を管理するところにある。絶版・長期品切れのもので再版や復刊をするには難しいが図書館が必備とするべきタイトルから、書籍としての刊行は採算上困難だがeBookとして刊行する意義のある高度な学術専門タイトルまで、さまざまなコンテンツの電子出版、販売が可能となる。もちろん、新刊書籍との同時制作で、相乗効果を狙うことも可能である。
 現在は英語コンテンツが中心だが、2006年秋から、日本語コンテンツ、中国語コンテンツが搭載される予定で、準備が進行中である。
 http://www.kinokuniya.co.jp/03f/oclc/netlibrary.htm
 もうひとつは、「インデックスフォント」プロジェクトの推進である。今やコンピュータでもほとんど無限に漢字を扱える時代になったが、漢字を含むデータベースやアーカイブを構築する際に、JISやUCS(ユニコード)を超える共有基盤がないために、「出ない漢字」「化ける漢字」問題は一向に解決されていない。これまで文字鏡研究会が学術研究を目的に「今昔文字鏡」で「字形の異なる文字すべてにユニークな番号をつけること」で16万字の漢字データベースを構築してきたが、印刷出版業界から利用の問い合わせも増えてきたため、フォントライセンスのついたプロユース版を2006年5月にリリースすることにした。
 漢字問題の背景には「文化の蓄積としての唯一無二性」と、「処理の標準化を図る社会的効率性」の二律背反が存在するが、コンピュータによる漢字処理問題を解決するために、関連業界の有志が一致してインデックスフォント研究会を設立し、「文字情報共有基盤」を構築し「文字の収集」と「実際の活用のための技術的研究」を進めている。eBookの制作の際、「外字問題」としてコスト的にも頭の痛かった問題も、このプロジェクトの推進で解決できるのではないかと期待している。
 http://www.mojikyo.com/info/indexfont/index.html
 これらの取り組みを通じて痛感するのは「出版社が自らデジタル原本を保管する」重要性である。出版社は本を刊行すると必ず「冊子体の原本」を保管しているが、いまや少なくとも入稿時にはデジタル化されたコンテンツがあるわけで、意識してこれを「デジタル原本」として保管し、自ら管理・運用することが、出版界がeBook(電子書籍)ビジネスを発展させるための大きな基盤となると考えている。
                                               以上