有斐閣 鈴木 道典
本を読むところ、それはやはり通勤電車の中が一番多い。二番目は、朝、布団の中で グズグズしながら。三番目が風呂に浸かってか(これには本を濡らさないための多少の テクニック(?)がいる)。ちゃんと机に向かって本を読むことはとんと少なくなった。 読む本もこの頃は軽い内容の文庫本が中心だ。こんな怠惰な読書スタイルだが、だから こそ軽くて小さくて、でも読みやすい、しかも廉価の電子書籍ビューアを手に入れたい と思う。電車の中では、片手でページがめくれるというはかなりの使い勝手のよさだろう。
しかし、やはりコンテンツだ。
小生のような怠惰な読書人だけでなく、世の中には通勤時間を知識の習得やスキル・ アップのための読書に有効利用したいと思う人も多い(だろう)。これらの読者に有用 な専門的情報を提供する電子書籍コンテンツは、まだまだ少ないのが現状だ。先日の JEPAの総会で理事の坂本さん(農文協)が「従来の紙を電子に置き換えただけで ない、これまでと質の違う電子出版が必要だ」旨の発言をされていた。然り。現在の 電子出版は小説や漫画などのいわゆる“読む本”が主流。娯楽の対象が主で、紙を電子 媒体に置き換えたことによる利便性があればこれはこれで十分なのかもしれない。 “質の違い”の追求は、それほど必要ではないに違いない。
“質の違う”電子出版は、 “調べる本”“学ぶ本”でこそ実現しやすいし、追求すべきであろう。
小生の勤務する有斐閣は、大学のテキストを中心とした社会科学人文科学分野の専門 書の出版社である。“調べる本”“学ぶ本”(いわゆる学参物とは異なるが)がその 出版活動の中心で、“質の違う”電子出版がしやすい。というより、それをしなくては ならない出版社だ。大学の教育現場では電子化された専門的情報が、質的に利便性の 高い電子出版物として求められ始めている。環境さえ整えば、きっと通勤電車の中でで もそれらは求められるはずだ。
社では、これに応えるための大掛かりな取り組みが動き始めている。「『知』の循環 システム」と称した書籍制作工程のIT化がそれで、制作した書籍・雑誌そのものを コンテンツ・データベースと位置付け、この制作課程で生成する様々な情報を「共通 情報データベース」に統合・整理し、次なる書籍・雑誌の企画・制作の際の「編集支援 システム」として利用する仕組みの開発である。社会科学専門書とりわけ法律書におい ては、社会の変化や制度の変更・改革に合わせた書籍の改訂が頻繁であり、その効率化 も背景にある。そして、このシステムで制作する書籍・雑誌のコンテンツをワンソース ・マルチユース展開しようというのが構想であり、それを支える技術にXMLを採用 した。この仕組みによって制作されたコンテンツは、当面、ほとんどは紙媒体に乗せて 提供する従来型の書籍として流通する。しかし、これは情報の多様な出口(=マルチ ユース)の一つに過ぎない。ひとたび電子書籍などに姿を変えれば、「共通情報データ ベース」の様々な情報が利用可能であり、かつ、書籍それぞれが必要に応じて相互に 関連付けられたきわめて利便性の高い情報として読者に提供できるものとなる。また、 必要な部分だけ入手したいという読者のニーズに応えた粒度の小さい情報の提供も可能 になる。“質の違う”電子出版を行うための書籍制作システムの変革が、今、動き始め た。
もう何年か後には、有機ELディスプレイで、長時間利用が可能で、フルカラーで 見やすく、携帯電話と融合した安価なPDAが出回り、通勤途上の読書は専らこれで、 ということになるかもしれない。その上、“質の違う”電子出版が盛んになれば、場所 を問わず“調べる”“学べる”環境が整うわけだ。有機ELは、蛍が発光する仕組みの 応用だという。そんなPDAを手に居眠りをしていると、“窓近く蛍飛び交い”では なく、液晶ディスプレイ蛍光点滅し“怠り諌むる”時代が来るのかも……。