イーブックは多様な姿で登場する?
2001.08.01
翔泳社 清水 隆
★対面と手元、読むことの違い
コンピュータ出版物の編集をやっていたため、PCのディスプレイ上で編集作業を したり、原稿を書いたりという仕事がもう15年以上にもなります。作業はもっぱら スクリーンエディタで行うため、行間のないベタな文字を読むことにあまり苦痛は 感じません。でも、ディスプレイ上でものをじっくり読めるかというと、仕事だから ディスプレイでかまわないのであって、楽しみや興味をもって読む、読書とは 異なります。
ディスプレイは、対面して作業をしたり、読んだりできますが、電子的に表示した ものでも、「本」として扱うには手に持って読めることが大切なのだと感じています。
対面と手元で読むことの違いは、編集という仕事の結果に如実にでます。DTPの 導入が進むなかで、制作進行の合理化をめざして、ペーパーレスの編集作業にでき ないかという意見がときどきでてきます。DTPでも、通常は紙に印刷して校正作業を 行うのですが、それを画面上で行ってしまおうということです。しかし、画面上と 紙で行った校正の結果を見ると、明らかに画面上のほうがミスが多くなります。 現在では、原稿から印刷の実用版の出力まで、すべてがデジタルデータで進行して いますが、品質保持という面から紙での校正はまだ欠かすことができません。 編集工程でのディスプレイ表示について、そのような印象をもっていました。
★表示デバイスにも異なった方向性が
このたび、JEPAのイーブック端末研究委員会に関わることになり、イーブック用端末 として使われる可能性のあるいくつかの表示デバイスを見る機会を得ました。技術の 進歩によって、現在広く普及している液晶ディスプレイがより高精細になっているのは もちろんですが、それとは異なるアプローチとして、電子ペーパー、電子インクのよう な紙に近い見え方と扱いのできるデバイスの研究開発が進んでいることも知りました。
10年以上前にMITで電子ペーパーの研究が行われていることを知って興味をもっていた のですが、その後、ニュースで見かけることもなかったため忘れていた分野でした。
メーカーによって試作品の完成度にばらつきはあるものの、紙とトナー、つまりコピ ーしたものに近い質感を実現しているもの、あるいは高精細なカラー液晶で非常に薄い フィルム状の表示デバイスなどがあります。いずれも、データを書き込むときには電力 を使いますが、その後は無電源でも表示を維持します。表示の書き換え速度が実際に どの程度になるのか気になるところですが、イーブック端末に新しい可能性を示して くれるデバイスです。
さきほどの手元に校正紙をおいて、手にペンをもって校正を行うということも、電子 ペーパーのようなものが実用化すれば、紙に出力しなくても可能になるのでしょう。
★イーブックの普及期が近づいてきた
高精細、高輝度、高表示速度をもつTFT液晶は、イーブック端末の有力なデバイス であると同時に、モバイルPCやテレビなどさまざまな応用が考えられます。 しかし、電子ペーパーのような反射型を基本にしたデバイスは、紙の代替を目標に しており、まさにイーブック向けのものではないかと感じました。PC上のイーブック ビュワーやPDA機能をもったイーブック端末だけでなく、イーブックもさまざまな 形があり得るのだと実感することができたのです。
考えてみると、現在のデスクトップやノートPCの延線上にイーブックを捉えるとい う固定観念があったのかも知れません。SF映画などを見ても、未来の電子端末は音声や 映像などでマルチメディア化が進んでも、たいがいはCRTやパネルディスプレイが 描かれています。それも、固定観念が原因なのでしょうか。
デスクトップのアプリケーションとしてのイーブックビュワー、ポータブルPCの 一機能としてイーブック、そして、紙に近い感覚で扱うことのできる専用端末など ……イーブックは多様なかたちで実現されていくことになるのではないかと思います。
これまで、電子書籍に対するさまざまなアプローチがされてきました。そして、 一部では商品として流通してもいます。しかし、まだ電子出版が出版全体のなかで 大きな流れとなるには至っていません。
ここへきて、その大きな流れを創出するためのさまざまな基本的な問題に方向性が 見えてきたようです。デジタル出版物の権利関係の管理(DRM)、オンライン出版物 の決済、ファイル形式の問題……次第に条件は整ってきています。イーブックの 本格的な普及期がもうすぐそこまで近づいていることを感じます。