「出版」という言葉の定義さえも変わってしまう時代

2000.10.01

アスキー  松本 剛

 JEPAにおける私のアイデンティティは、好むと好まざるとに関わらず、「マルチ メディア図鑑の企画・制作者」と自覚し、この予定調和(?)にしたがって、まずは、 図鑑の話から、筆ならぬキーボードを取らせていただきます。
 1995年の6月、マルチメディア図鑑の第1作目である『マルチメディア昆虫図鑑』が 発売されました。今から5年以上も前です。いや、ずいぶん昔ですねえ。みなさんご存じ のように、あのころは、「CD-ROMコンテンツの時代がやってきた」というわけで、パソ コンメーカーもソフト会社も出版社も、先を争って新製品を作りました。ソフトショッ プや大きな書店にもCD-ROMコンテンツのコーナーが作られました。CD-ROMドライブ搭載 の一体型パソコンが各社からいっせいに発売された時期です。この図鑑は初版5000部で したが、発売後3日も経たないうちに3000部の増刷がかかり、その後も結構売れました。 現在、版を重ねて累計部数は数万というところです(正確な数字は内緒です)。この 数字はCD-ROMコンテンツとしては大健闘らしいのですが、プレステのゲームと比較した ら問題になりません。CD-ROMコンテンツは苦戦し各社で赤字と在庫が残ったようです。
 一般的にCD-ROMコンテンツは制作者の意気込みとは裏腹に意外に売れなかった。 メディアがCD-ROMに変わったことで、インタフェースの面白さは演出できますが、 本質的なコンテンツの部分はCD-ROMになったからといってさほど変わりません。 メディアの新しさによるブームが沈静化してくると、実売数は「同様の内容の書籍の 販売数にパソコン稼働率を乗じた数」へと収束します。販売数を同類の本以上に増やす のはなかなか難しい。本当のところは「意外に売れた」のかもしれません。結局生き 残ったのは、膨大なデータ量が収納できるというCD-ROMメディアの特長を生かした百科 事典や図鑑だけ。とはいうものの、膨大と思われたデータ容量も、インターネット という無尽蔵のハードディスクに比べたら、あまりにもささやかなものです。インター ネットのコンテンツが拡充し「交通整理」が進んだとき、今のCD-ROMやDVD-ROMの百科 や図鑑は、いずれ存在理由がなくなるのでしょう。
 さて、個人や団体のホームページ(以下HP)がどんどん増えてきました。個人でも玄人 跣の目を見張るようなページがあります。HPには従来のメディアにない大きな特長が あります。いくつか挙げてみましょう。「高経済性」、「更新自在」、「自然蓄積」、 「リアルタイム」、「双方向性」。 「高経済性」というのは、特に情報の送り手にとってという意味です。だれでも簡単に 情報発信ができるということです。これまで『出版=publication』は、少数のマス メディアが多数の個人に向かって一方的に情報を伝達するための特別な仕組みで、情報 の送り手は少数の限られた人だけでした。ところが、インターネットを使えば、誰でも いつでも不特定の人々に向かって情報を送ることができます。
 先日、夏休みでオーストラリアのグリーン島という離島(有名な観光地です)に行って きました。ホテルの一角に、2ドル(オーストラリアドルで約140円)で15分間使える インターネット端末がありました。試しに私自身のHPのアドレスを入力したところ、 画面にHPが現れました。日本語の文字も正しく表示されていました。日本から6000kmも 離れた南半球の周囲2kmの離島で私の発進した情報をキャッチできたのです。お恥ずかし いことですが、当たり前と思いながらも、驚いてしまいました。
 いよいよ、本物の電子出版の時代が始まりました。「出版」という言葉の定義さえも 変わってしまう時代がやってきたようです。