「出したい本」より「読みたい本」
2000.04.01
日本電気(当時) 花沢 順
出版界には疎いメーカの人間から的はずれの謗りを覚悟でこれからの書籍と雑誌に 期待して一言。
随分昔のことになってしまったがまだ現役の技術者だったころ、技術の一般的な勉強 は書籍で、先端技術の知識は学会雑誌の論文で得ていたように思う。論文を探すのも 仕事のうちで、必要な資料があると横文字の学会誌をコピーして辞書を片手に読んだ ものである。今では一般的な勉強資料には技術雑誌が豊富で重宝している。特に高度に 分化した上に進歩の激しい技術分野では広くその概要を知る必要があり大変役に立って いる。複数のその道の専門ライターが最近のテーマをよく調査して要領よくまとめて くれているので専門雑誌といっても読みやすい。
メーカで働く者から見たときこのような専門雑誌は自分の勉強になるが、同時に顧客 も同じ勉強をしているのでたまに困ったことが起きる。メーカのSEが顧客と商談する とき、顧客もよく勉強されているのでSEもたじたじの場面があるそうだ。技術が 専門家だけのものでなく豊富な出版物を介して普遍化してきたと言えるだろう。
技術範囲が広範に高度になった上に、変化・進歩が激しいのでちょっと油断すると 新しい流れに乗り遅れることになる。ドッグイヤーと言われるように昔10年かけて 実現したシステムが今では数年で実現してしまう。たとえばインターネットへの高速で 安価なアクセスシステムと期待されるADSLはFTTHを最終目標とするNTTの 事業計画には乗っておらず、すでに実用化が始まっている欧米に遅れていた。ところが 昨年1月にNTTが導入を決定して秋には実験サービス開始、その半年後には複数の 通信事業者が安価に事業化するという。普及に時間のかかったISDNに比べると 接続距離に不安を残すとは言え事業化までのスピードに驚かされる。このような変化は どの分野でも起き得るので、出版界も編集方法とスピードに改革が進んでいくのだろうか。
迅速にタイムリーに専門情報を提供する技術雑誌は種類も増えており1つの出版 ジャンルを作りつつあるが、書籍ではパソコン関連を除いてそのような新しい動きは 見あたらないようである。街の書店では雑誌より書籍の棚が多いが、変化の激しい 時代に合ったコンセプトとタイムリーな内容から雑誌に軍配が上がりそうだ。PR 記事で厚くなった雑誌を保存する場所はなく捨ててしまうが、買った書籍は大事に 保存している昔人間の私にとって書籍の反撃に期待したい。書籍の新境地開拓に何か 策はないものか。
メーカでは今物作りに意識改革を浸透させようと努力している。よく言われるが 「作りたい製品」より「欲しい製品」への意識改革である。ユーザ重視の製品開発 という発想であるが、良い物は売れるはずと考えるシーズ先行の技術者にはなかなか 理解しにくい。Solutionの提供とPRしているのも意識改革の表明であり、技術を 誇示していた以前に比べると時代の要求は変ってきたといえる。
同じことが書籍にも言えないだろうか。「出したい本」より「読みたい本」への 発想転換である。たとえば海外旅行の場合、現地情報を実際の旅行者の見聞を交えて 構成する本があるが、これから出かけようとする人には願ってもない「読みたい情報」 である。時代の求めに応じた新しい展開はどの分野でも必要であろう。とは言っても TVのバラエティ番組を活字に変えたような本だけはご免こうむりたいが。