しくみの革命が出版文化の質の改革を産む
1999.04.01
農山漁村文化協会 坂本 尚
19号の「今月の調査報告」 トップ記事が出版の不況報告。出版界の近頃の挨拶 の枕詞は「売れない」。私は面白くないので「うちは前年比二桁アップ。売れてる よ」と応えている。
売れてる原因は色々あるが、一つが電子出版。 昨年「日本の食生活全集全50巻」をCD-ROMとオンライン出版「ルーラル 電子図書館」で売り出した。
「日本の食生活全集」は昭和59年開始~平成2年完結の7年がかりで刊行した 古い全集である。ところが完結10年後の昨今、その古い全集が売れ出した。電子 版を出したからである。何と電子と一緒に「紙」の方も売れ出したのである。
販売の流れはまづ「食生活全集全50巻」定期購読者がCD-ROMの購入者に なる。次にCD-ROMを買った人にCD-ROMを見せてもらった人がCD-R OMだけを買う。やがてCD-ROMでは不足で紙の方の「全集」も買う。まこと に願ったり、適ったりの「販売連鎖」現象が起きている。何故か?
この「日本の食生活全集」という全集は昭和初期の日本全域での庶民の食事の聞 き書きの集大成である。各県数ブロックにわけて、朝、昼、晩それぞれの食事と晴 れ食、行事食を春秋夏冬の四季にわけて編集してある。更に、「基本食の加工と料 理」・「季節素材の利用法」・「伝承される味覚」・「その地域の食・自然・農業」。 と全国の食事を同一パターンの章ぐみで整理して編集してある。全50巻のうち2 巻が索引巻に当てられ、索引巻は「素材篇」巻「作り方・食べ方篇」巻で構成され ている。
その全集が、全文テキストデータ化された。郷土食等食研究者には格好のデータと なった。例えばひろくは学生が卒論を書く素材としては極めて便利重宝。全国各地 で調べるべきことがCD-ROM一枚で、自由に調べられるのである。全国三百地 点、五千人からの聞きとりで一万五千種の郷土料理データが得られる。
CD-ROM1枚で、間に合うのだが、このCD-ROMを使いこむと、紙の方 の本が欲しくなるらしい。紙の方も買うのである。
CD-ROMは大学や高校の先生にとっては格好の教材になる。データを教材と して編集して紙プリントして使うにはじまって、教室にLANが張られると、「L AN対応のCD-ROM」を購入しなければならなくなる。授業を受けた学生、生 徒たちはそれぞれ自分の県の巻一冊位は持ちたくなる。「購買連鎖」はひろがって ゆく。
やがて、県のホームページの担当者がこの流れを知り、地域振興の為の「産直PR の一つとして、その県の郷土食をとりあげたくなる。この全集では、食器・食材を 含めて昭和初期のものを使って昭和初期を再現するカラー写真が豊富に蓄えられた。 全集の口絵にその一部がつかわれている。「写真」を貸してくれ、という要求はす ぐに「ホームページをつくってくれ」というところにゆきつく。食全集のオンライ ン版をやっているのだから、当然要求に応えられる。かくて「販売連鎖」は「ホー ムページ制作受託」までひろがる。
やがて、それぞれの市町村での郷土食・食文化等の「オンデマンド出版」へゆき つくことになるだろう。全集「紙」⇒CD-ROM⇒オンライン出版⇒オンデマンド 「紙」と紙媒体と電子媒体が「相互補完」「相乗効果」をあげることになる。だか ら電子媒体とともに紙媒体の売り上げもふえる。電子があれば紙はいらないという コンテンツでなく、紙も電子もというコンテンツの創造こそ、電子出版時代の新し い出版の質を形成する。
「早わかりセミナーダイジェスト」でコンテンツビジネス講座第一講「オンライン ジャーナル事始め」で電子出版は「形の革命」から「しくみの革命」へ移行しつつ あり、その例として、オンデマンド出版やオンライン書店そして電子図書館が注目 されるだろうと、津野海太郎氏は述べておられる。
「しくみの革命」が出版文化の質の改革をもたらすことになる。電子媒体の「機 能」、電子媒体による「しくみ」をどのようにつかうかが電子出版段階での出版人 にとっての企画の問題なのである。