ナムコ 橋口 隆二
二年前のことになるが、当社では「デジタルコミック」と銘打って、音と映像 でストーリーが多方向に展開するアニメーション作品をウインドウズ用CD-R OM版で発表した。これも広い意味での電子出版物(?)と思うが、流通ルート はほとんどがPCショップに限られていて、販売の面ではたいへん苦労したこと を覚えている。
コンピュータネットワークの急速な普及という背景もあって、早くから、電子 出版は「本」を駆逐する、といわれてきたが、まだまだ出版流通自体が変わる兆し はみえていないようだ。紙とインクの匂いを忘れがたいわたしとしては、実は、 一面でほっとしているのである。いささか複雑な思いだ。
ところで、電子出版に限ったことではないが、電子出版を含むマルチメディア 著作物には、きわめて多彩なコンテンツを簡便に利用することが可能という特長 がある。いいかえれば、文章、絵、写真、動画、音、演奏、歌唱、演技、セリフ、 それにこれらコンテンツを含めたゲームといった多様なデジタルコンテンツをい かにスムーズに、また、いかにリーズナブルな対価で利用できるかという問題は、 今後のマルチメディア著作物の発展に影響するところがきわめて大きいと思われ る。
コンテンツの利用を促進しようとする試みは、多方面でいろいろなされている ようである。ネットワークを通じたデジタルコンテンツの利用に関する画期的な 料金徴収システムも、すでにいくつか実現しているが、残念ながら、気軽に現実 社会のような買い物ができるものは少ないと思う。マルチメディア著作物がほん とうの意味で一般に浸透するまでには、案外、長い時間がかかるのかもしれない。
もう一つ、電子出版やマルチメディア著作物の発展に欠かせないポイントが、 権利意識の問題であろう。
再び当社の事例を挙げて恐縮だが、無断で模倣された本物そっくりのゲームソ フト(クローンソフト)が、コンピュータ雑誌等の付録として添付されている CD-ROMに収録される事例が、いまだに後を絶たない。また、コンピュータ ネットワーク上にクローンソフトが掲載され、さらに転々と転載される事例も 益々増えている。ネットを通じて、あっという間に世界中に広がってしまい、 こちらの方は被害状況を把握することすら難しい。
これらのクローンソフトに対しては、発見するたびに雑誌の出版元やネット ワーク管理者などに連絡し、削除をお願いしているが、このやりとりのなかで著 作権に関する理解がまだまだ浸透していないことを痛感することもままある。こ の問題の解決は、結局は出版社、ユーザーをはじめ一人ひとりの権利意識の向上 にかかっているのであろう。
電子出版、マルチメディア著作物の明るい将来は、単に技術の進歩だけを恃ん でいたのでは決して実現されるものではないことを、あらためて認識しなければ ならないときではないだろうか。