■初のダウンロード販売はフジオンラインシステム(現パピレス)が
世界ではじめての電子コミックダウンロード販売は、1998年1月、フジオンラインシステム(現パピレス)によって行われたものです。同社の「電子書店電子書店パピレス」がパソコン向けに、「宇宙戦艦ヤマト」など、11タイトル27巻を発売しました。
同社は当時、すでに小説などの電子書籍1500タイトルほどを電子書店で販売中でしたが、コミックを扱うのははじめてでした。
1998年1月8日付けの日本工業新聞はこのサービスについて「マンガは画像が細かく、ページ数も多いためホームページ上に画像を掲載する例はあっても、データのオンライン販売を手がける企業はなかった。フジオンラインシステムでは、複雑な階調をもつマンガの画像を忠実に再現したほほか、ルビを読みやすくしたり、ファイルサイズを最適化する技術の確立に成功」と報じています。「ダウンロードには毎秒3万3600ビットのモデムで15分程度が必要」だったそう。電子書籍の黎明期にコミック市場拡大のネックとなっていたのは明らかに「通信速度」と「パケット料金」だったのです。
■ケータイ定額制で爆発的に市場急拡大
電子コミックの市場が爆発的に拡大するのは、2004年6月にNTTドコモが始めた「パケ・ホーダイ」など、ケータイデータ通信の定額料金サービスと3G携帯が始まり、通信速度やパケット料金という電子コミック普及の障害がなくなるのを待たなければなりませんでした。
しかし、いったん普及が始まるとものすごい勢いで市場は拡大しました。2004年8月にサービスを開始したNTTソルマーレの「コミックシーモア(当初の名称は「コミックi」)」の電子コミック累計ダウンロード数は、サービス開始後2年目の06年09月に早くも5000万に達します。09年4月には5億ダウンロードに到達するといった具合で急成長を遂げました。
フィーチャーフォン向けの電子コミックの場合、1ファイル=1冊ではないので、コミックスと単純に比較はできません。1冊5話換算だと1億冊、10話換算でも5000万冊ものコミックを1社で売ったことになるわけです。これだけの市場が4-5年でできあがったことは、日本の若者がどれだけ電子コミックの利用を待ち望んでいたかということを示しているといっていいでしょう。電子書店の数も数年のうちに爆発的な増え方を見せ、一時期は400社以上もあったと言われたほどでした。
■突然崩れたフィーチャーフォンのコミック市場
しかし、順調に成長していたフィーチャーフォンの電子コミック市場は突然崩れてしまいます。2011年のことです。フィーチャーフォンの電子コミック売上げは、各社とも頭打ちとなり、iモード上のランキングで上位にあれば売れていた、かつてのコミック販売の方程式は通用しなくなってしまいました。
インプレスの電子書籍ビジネス調査報告書では、2011年度のフィーチャーフォン電子書籍市場は前年実績を16%も下回ったと報告されています。スマホ向けは伸びたのですが、穴埋めするまでには至らず、PC向けを合わせた電子書籍の市場規模も前年実績を下回りました。主な要因は、市場の8割以上を占めると言われた電子コミックの低迷にあったことはまちがいないでしょう。2008年のiPhone発売を機に広がりつつあったスマホの普及はいつの間にか、市場拡大のキャズム越えをしていたわけです。
日本レコード協会の調査では2011年10月時点の20代社会人男性のスマホ所有率は42.8%、20代社会人女性も29.0%に達していました。全人口の中でのスマホ普及率は2割足らず(総務省調査)でした。20代が牽引する形で市場は一気にスマホファーストへ衣替えしたのです。
その後、2012年にはアマゾンがKindleを発売となります。2012年には「pixivコミック」が、2013年には「LINEマンガ」や「comico」、「マンガボックス」が、2014年には「ジャンプ+」が登場し、現在の主要プレーヤーが出揃うこととなりました。
出版科学研究所がまとめた2016年の電子コミックの市場規模は前年比27.5%増の1491億円。このうち電子コミックス(単行本)の市場規模は同55.0%増の1460億円となりました。紙のコミックスは同7.4%減の1947億円、コミック誌は同12.9%減の1016億円でしたから、2017年も同じ伸び率で推移すれば、少なくとも電子コミックスの売り上げが紙のコミックスの売り上げを上回る可能性がありそうです。
100万部を超える部数のコミック誌は今や『少年ジャンプ』のみとなりました。電子コミックのアプリはかつてコミック誌が果たしていた役割を徐々ににないつつあります。たとえば、comicoやジャンプ+、マンガワンなどデジタルプラットフォームからも新しい才能が続々発掘されるようになっています。コミック文化を支えるプラットフォームとしてもマンガアプリの果たす役割は大きくなるばかり。電子コミックの動向には今後も目が離せません。
■電子コミックの歴史
●黎明期
・1998年 パピレス(当時の社名はフジオンラインシステム)、日本発の電子コミック
ダウンロード販売開始(『宇宙戦艦ヤマト』など11タイトル)
・1999年
9月 富士ゼロックスが講談社の『週刊少年マガジン』、小学館の『週刊少年サンデー』連載中の販売する「まんがの国」を開始
11月 博報堂グループのインティビジオが電子コミックネット販売
・2000年
2月 シャープ、同社のPDA「ザウルス」向けのコンテンツサービスとして「ザウルス電子まんが」のサービス開始。講談社、集英社、竹書房、双葉社の4コママンガを配信
3月 講談社、iモード向けコンテンツサービス「i講談社」
ヤフーが低価格ADSL、「Yahoo! BB」のサービスを開始
・2001年
11月 ADSL加入者が100万人を突破
●ケータイコミックの時代
・2004年
6月 NTTドコモが通信のパケット定額サービス「パケ・ホーダイ」を開始
8月 NTTソルマーレ「コミックシーモア」の前「コミックi」を開始
・2005年
9月 デジタルコミック協議会発足
・2008年
Apple、iPhoneを日本で発売
・2012年
日本でKindle発売、同年Google Play、楽天koboも相次ぎ日本でサービス開始
ピクシブ、「pixivコミック」
・2013年
日本でiBooksStoreサービス開始
LINEマンガ(LINE)、comico(NHNcomico)、マンガボックス(DeNA)、GANMA !(コミックスマート)
LINEマンガに大手出版社のほとんどがコンテンツ提供
comicoは投稿+完全無料で利用者数急増
マンガボックス「SNS共有で続きを提供」で読者広げる
・2014年
ComicWalker(KADOKAWA)、少年ジャンプ+(集英社)、マンガワン(小学館)
出版社自らコミックアプリ開発に乗り出す動き本格化
マンガワン、「電子コイン」による購読システム導入。追随相次ぐ
・2015年
マガジンポケット(講談社)、マンガリーフ!(双葉社)
・2016年
ピッコマ(カカオジャパン)、サイコミ(サイゲームス)
・2017年
マンガUP !(スクウェア・エニックス)、マンガほっと(コアミックス)、マンガPark(白泉社)
◎堀 鉄彦(ほりてつひこ)ジャーナリスト、ホリプランニング代表。