■デジタル化の歴史
有斐閣は明治10(1877)年創業、今年で131年目を迎えるいわゆる「老舗」の出版社です。総出版点数は12,000タイトルほどで、社会科学、特に法律を中心とした学術出版一筋が社是となっています。戦後いち早く刊行を復活した六法全書(昭和23(1948)年刊行開始。最新刊は平成20年版)、創立80周年記念企画「法律学全集全60巻」(昭和32(1957)年刊行開始、28年の歳月をかけて完結)、実用法律雑誌「ジュリスト」(昭和27(1952)年創刊、月2回刊行で現在も刊行中)など長い歴史を持つ出版資産もたくさんあります。
さて、そのような出版資産をデジタル化してきた歴史を振り返ってみましょう(末尾の表参照。この時期はJEPA20年の歴史に照らしてみれば、後期の7年間に当たります)。デジタル化した出版資産の最初のものは「ジュリスト」です。平成14(2002)年に創刊号からの50年分をDVD4枚組みとして刊行しました。その後「判例百選DVD」「法学教室DVD」「六法全書復刻版DVD」と続き、このうち判例百選DVDはVpass(平成16(2004)年に提供を開始した法科大学院向けWebサービス「重要判例検索システム」)にも展開しています(平成17(2007)年の利用ID数は11,000超)。これらのDVD等は広く法曹実務あるいは研究者に受け入れられ、Vpassの売上げと合わせ、同年単年度の実績で約1億6千万円(有斐閣の売上げの約3%。ただし利益率は紙のそれより高い)となりました。この他に「有斐閣法律法学用語変換辞書」があります。これは編集出版活動で蓄積された法律法学用語をワードプロセッサーの「かな漢字変換システム」の辞書に組み込んだもので、語彙5万語の他、法令名1万5千、文献名5千タイトル、法曹界人名5千人分の変換候補を文章作成に利用できます。出版資産の副産物のちょっとユニークなデジタル化といえましょう。
■デジタル化の経験から
歴史の長い出版物のデジタル化の要諦は、データベースです。学術出版のデジタル化は検索の利便性が必然的に要請されます。50年分の目次と事項索引、著者名索引のデジタルデータがなければ単に発行年順・掲載順に画像を開くぐらいしかできません。閲読対象のデジタルデータ化(画像のPDF化)ももちろん大変な作業でした。しかし、それにもまして検索用データの入力と整備は大きな労力が必要です。デジタル化する対象の雑誌や六法の全巻を電子メディア開発室の本棚に備え、すべてのデータを現物で確認しデータベースの情報を整備します。平成11(1999)年に同室が設置され、データベースの構築・整備を専門的に行える体制が整ったことでこの作業が可能となりました。
出版資産のデジタル化におけるもう一つの大変な作業が著作権使用許諾と利用料の支払です。ジュリストでは50年間に44,000を、法学教室では33年間に12,000を超す記事が掲載されました。これらを著作権者別に分類整理し、執筆本数・頁数を算出、現在の連絡先を調査し、DVD掲載の許諾をいただく作業はこれまた膨大なものです。すべての著作権者と連絡を取り、許諾していただくための最大限の努力をしなければなりません。ここでもしっかりとデータベース整備をしていたことが作業の軽減につながりました。それでも経理部には多大な労力を強いましたし、現在の連絡先の調査など編集部を含めた全社的協力も必要でした。
加えて、デジタル化した出版資産の販売は、従来の紙の書籍のルートのみではむずかしいという現状があります。幸い、こうした出版資産のデジタル化と営業・販売を行っている専門の会社があり、その協力を得られました。制作・営業・販売さらに利用者サポートも含め、こうした会社の協力が、とりわけ中堅規模の出版社における出版資産のデジタル化には必要です。
■新たな展開へ
今後さらに出版資産のデジタル化を進める上で、二つの側面で充実し、新たな展開を図っていきたいと思っています。一つは、より多くの読者が必要とする文献を(法律分野のみでなく)広く・深くデジタル化して安価で利用できる環境を整えること、もう一つは文献相互の相互リンク等デジタル化による利便性の向上を図ることです。学術出版社としての地位は、長年の読者の支えがあって得られました。出版資産のデジタル化は、「更なる読者の便宜のために」学術出版社の責務の一つとしても充実して行かなければなりません。
今後、有斐閣が読者対象の中心に捉えてきた大学生人口の減少が予測されています(1992年に205万人でピークに達した日本の18歳人口が2020年には120万人に)。電子出版も含めた出版活動はますます厳しい環境下でのものになるでしょう。このとき過去の出版資産のデジタル化による製品が、読者にとって利便性の高いものとして(Web版も含め)広く受け入れられていれば、多品種少量生産を余儀なくされる(同時にそこに価値がある)学術出版活動の下支えとなり得ます。この下支えにより新たな優良な出版物の刊行が継続でき、出版資産のさらなる蓄積(出版資産の拡大)が可能となります。この出版資産は、デジタル化・データベース化により、「更なる読者の便宜のために」利活用されることになるでしょう。
表:有斐閣における出版資産のデジタル化
2002年 ジュリストDVD 創刊号(1952.1)~1200号(2001.5)
2003年 判例百選DVD 判例百選シリーズ等232冊(1965~2002)
2004年 ジュリストDVD 追録 1201号(2001.6)~1250号(2003.8)
2006年 ジュリストDVD 追録 1201号(2003.9)~1300号(2005.11)
2007年 法学教室DVD 第一期(1961-3)・第二期(1973-5)、月刊第1号(1980.10)~第306号(2006.3)
2008年 六法全書復刻版DVD 昭和32年版~平成18年版 全50冊
◎鈴木道典(すずきみちのり)有斐閣からJEPAに参加。現在、マイクロコンテンツ。