■2001年4月、ジャパンナレッジ誕生
有料会員制の知識探索サイト「ジャパンナレッジ(JapanKnowledge)」が第2回JEPA(日本電子出版協会)電子出版大賞を受賞し、2008年7月10日、第15回東京国際ブックフェア会場において授賞式が行われました。ジャパンナレッジは大学・公共図書館を中心とする世界400を超える教育機関によって利用されています(2008年8月末現在)。ハーバード大学、ケンブリッジ大学を筆頭に欧米・アジア・オセアニアの有力大学50校、東京大学、京都大学から慶應義塾大学、早稲田大学まで日本の主だった大学約250校において、研究者・学生にとって必要な知識探索の必須システムと位置づけられるまでになったことが、受賞の背景にはあったと思います。
まさにその名が示すように、日本の知識探索のスタンダードといっても過言ではないところまで成長してきた「ジャパンナレッジ」ですが、今日に至るまでの道のりはけっして平坦なものではありませんでした。産声をあげたのは2001年4月、奇しくも第8回東京ブックフェアの期間中でした。ネットニュース「INTERNET Watch」はジャパンナレッジの誕生を「小学館、キーワード1つで各種データベースを検索できるサービスを開始」と題して次のように伝えています。
〈小学館は16日、キーワードを入力すると百科事典や書誌情報、ニュースデータなどを横断的に検索する情報検索サービス「ジャパンナレッジ. コム」を開始した。開始2ヶ月間は無料だが、6月4日より有料(入会金2,000円・月会費1,500円)になる。「ジャパンナレッジ. コム」の特徴は、1つのキーワードに対してさまざまな情報ソースを「ワンルック検索(横断的に検索)」できることだ。対象となる情報ソースは、13万項目を収めた「日本大百科全書」や現代用語8,000項目を収録した「データパル1991~2001」のほか、国語・英和・和英辞典など小学館の各種リファレンス。また、リンク集である「ニッポニカURL セレクト」やオンライン書店「bk1」の書誌データ、NNAが提供する「NNAアジア経済情報」からも情報を検索する。(中略)サイトの運営は、小学館と富士通株式会社およびシーエーシーが共同で設立した株式会社ネットアドバンスが担当する〉(2001年4月16日)
■単なる辞書引きサイトではない
初期バージョンは、ロゴがブルーだったところから、ジャパンナレッジ(JK)スタッフの間では「青の時代」と呼ばれていました。デザインは気鋭のウエッブアーティストとして活躍するASYL・佐藤直樹さんでした。
今にして思えば、プロトタイプともいうべきささやかな形での発進でしたが、私たちがこのとき何よりも強く意識したのは、先行する「三省堂Web Dictionary」や「ネットで百科」(平凡社「世界大百科事典」を用いた日立システムアンドサービス社の検索サービス)のような単なる辞書引きサイトではない、ナレッジピープル(知的生活を営む人々)を支援する知識・情報活用サイトとしての考え方を明確に示し、それを具体的な形にしていこうということでした。「ワンルック検索」は私たちの考えをもっともよく象徴しているキーワードであり、JKのコンセプトそのものです。
2001年スタート段階の主要コンテンツ「日本大百科全書(ニッポニカ)」「大辞泉」「プログレッシブ英和中辞典」「プログレッシブ和英中辞典」「データパル」はいずれも私たちがデジタル化を行い、CD-ROMなどの電子出版物として提供してきた小学館の事典・辞書群です。しかし私たちはこれらのリファレンス・リソースを単にインターネットを介して利用できる単体の事典・辞書として提供しようと企図したわけではありません。
私たちは百科事典の常時改訂態勢を整える一方、その試みのひとつとしてJK発のデイリー・コンテンツを用意しました。ネットに不可欠の毎日更新の新語コラム「亀井肇の新語探検」と「JK WhoʼWho」です。基本コンセプトであるワンルック検索の対象とするには少し時間が必要でしたが、初公開時からこの二つのデイリー更新のコンテンツは注目企画となり、今日に至っています。
■終わりなき進化
「知」に対する時代の要求は、旧来の静態的・体系的知識から動態的・応用的知識へと急速に変わりつつあります。そうした要請に対して応えていくためには何が必要か。個々の専門領域に分断されたままの辞書的知識だけではそれに応えることは難しくなってきています。各種のリファレンスデータを統合的していくこと――事典辞書、ニュース記事、コラム、書誌データなどなど多種多様なレガシーデータが個々別々にではなく、統合されたシステムのなかで有機的に結びつけられて初めて「多面体としての知」が見えてくるのではないでしょうか。これがJKの目指すナレッジピープルのための「百科空間」、新しい「知」のシステムです。
JKプロジェクトがスタートしたのが2001年の春先。10月のネットアドバンス設立を経て、東京国際ブックフェアにあわせて公開されたのは前述のように、ほぼ1年後の2002年4月でした。小学館の事典・辞書に頼る形でのスタートでした。Googleやyahooなどの検索エンジン、無料百科事典の玉石混淆の情報とは一線を画した、責任ある筆者や出版社によって確立された、信頼できるデータをいかにして集積していくか。大きな課題を背負う日々が始まりました。後に始まる「デイリー知識浴」をあわせ毎日更新の知識コンテンツを配信しつつ、百科事典(ニッポニカ)を毎月更新しながら、出版各社にJKへの参画を働きかけていく日々です。
・2002年2月 講談社「エンサイクロペディア・オブ・ジャパン」、自由国民社「現代用語の基礎知識」参加
・2002年12月 毎日新聞社「週刊エコノミスト」参加
・2003年4月 小学館「ランダムハウス英和大辞典」追加
・2003年5月 講談社「日本人名大辞典」参加
・2003年10月 平凡社「東洋文庫」参加
・2004年3月 小学館「大辞泉」を「デジタル大辞泉」に名称変更、常時改訂態勢
確立へ
・2004年9月 英ハーパーコリンズ社「COBUILD英英辞典」参加
・2005年3月 平凡社「字通」(白川静著)サービス開始(JKセレクトシリーズ)
・2005年5月 集英社「イミダス」参加
・2006年3月 小学館「数え方の辞典」追加
・2006年4月 東洋経済新報社「会社四季報」参加
・2006年10月 平凡社「日本歴史地名大系」サービス開始(JKセレクトシリーズ)
・2007年7月 小学館「日本国語大辞典」サービス開始(JKセレクトシリーズ:日国
オンライン)
・2008年2月 吉川弘文館「誰でも読める日本史年表」参加
・2008年4月 ゆまに書房「江戸名所図会」参加
・2008年5月 日本近代文学館、八木書店「Web版日本近代文学館」サービス開始
(JKセレクトシリーズ)
「百科空間」構築とその社会的共有を目指すジャパンナレッジ・プロジェクト
上記のように講談社、自由国民社、毎日新聞社、平凡社が加わり、さらに集英社、東洋経済新報社、吉川弘文館の参加を得て、高品質な知識資産の集合体「百科空間」は他に類のない増殖を続けてきました。知識の社会的共有の基盤を構築することを目的とするJKプロジェクトは「初期の完成段階」に達したと思います。私自身は2008年3月をもって小学館を退社し、ネットアドバンス執行役員の任から離れました。しかし埋もれゆく大いなる叡智に新たな生命を吹き込み、最強の知識集合体構築とその社会的共有を目指すジャパンナレッジの挑戦は続きます。最大クラスの事典・辞書をもつ出版各社参画への呼びかけがみのる日はそう遠くはないはずです。ジャパンナレッジの進化に終わりはありません。ジャパンナレッジとその百科空間構想の展開にぜひご注目ください。
◎鈴木正則(すずきまさのり)小学館/ネットアドバンスからJEPAに参加